2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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て、仮根、気室、分枝といった栄養成長における形質に、野生株と比較して明確な異常は認められなかった。一方で、杯状体と無性芽が全く形成されないという表現型を示した(図1D)。 (2)GCAM1機能誘導株の解析 更に細胞レベルのGCAM1の機能を解析するため、GCAM1の機能を任意に誘導するGCAM1-GR形質転換体を作出した。作出したGCAM1-GR株は、通常およびmock処理で培養すると野生型と変わらない表現型を示すが、デキサメタゾン(DEX)処理依存的に、葉状体の器官形成が抑制され、細胞塊が形成された。以上より、GCAM1が発現した細胞では組織分化が抑制され、未分化な状態が維持されることが考えられた。 (1)〜(2)の結果から、R2R3-MYB型転写因子GCAM1は、杯状体底部表皮細胞および無性芽発生初期で発現し、発現した細胞を未分化な状態に維持して、新たなクローン個体の分裂組織を生み出すポテンシャルを付与する機能をもつことが示唆された。 (3)GCAM1の分子進化に関する解析 杯状体および無性芽は、コケ植物の中でもタイ類ゼニゴケ属に特異的な無性生殖器官である。ではGCAM1遺伝子は、杯状体と無性芽をもつゼニゴケ属に特異的な遺伝子なのだろうか?興味深いことに、分子系統解析を行ったところ、ゼニゴケ属以外の、被子植物や維管束植物の基部に位置する小葉類(イヌカタヒバ)にもGCAM1のオーソログ遺伝子が見つかることが明らかとなった。被子植物におけるGCAM1オーソログは、腋芽形成の制御因子と知られるシロイヌナズナREGULATOR OF AXILLARY MERISTEMs(RAXs)やトマトBlind遺伝子である。シロイヌナズナにおいてRAX遺伝子の変異体では、野生株と比較して、茎とロゼッタ葉の間に形成される腋芽の数が減少する。そこでGCAM1遺伝子をシロイヌナズナのRAX変異体に導入する相補実験を試みた。GCAM1遺伝子をシロイヌナズナRAX1プロモーター制御下で発現するコンストラクトを、シロイヌナズナrax1 rax2 rax3三重変異体に導入したところ、腋芽形成数が回復した。以上より、ゼニゴケのGCAM1タンパク質は、被子植物シロイヌナズナにおける腋芽形成の制御機構と相互作用しうることが明らかとなり、GCAM1とRAX1は進化的にオーソログの関係にあることが支持された。被子植物の腋芽形成も、茎頂と葉原基の境界領域と呼ばれる組織に未分化な状態を維持することで新たな芽の形成の場を作ることから開始されると考えられている。組織の未分化状態を制御する転写制御機構が、コケ植物タイ類と維管束植物の共通祖先で獲得され、ゼニゴケではクローン繁殖に、被子植物では腋芽・枝分かれの仕組みに転用されたと解釈できる。本研究の成果は国際誌に掲載された[2]。 3. 今後の展開 本研究で得られた成果は、陸上に進出して間もない陸上植物の共通祖先で、すでに「幹細胞」領域を維持・増殖させ、二次的な芽(分裂組織)を増やす仕組みが獲得されていたことを示唆する。今後、本研究をさらに進展させていくことで、植物細胞の分化全能性に基づく柔軟な発生プログラム制御の基本的な仕組みについての知見が得られると考えられる。そして本研究(とコケ植物を用いた最近の分子遺伝学研究)をベースに、コケ植物の分岐以前に獲得された既存の制御モジュールの転用による新たな器官獲得という、植物進化発生学における新たなパラダイムが確立されていく可能性が期待される。 図2:本研究の概略図 4. 参考文献 [1] Hiwatashi T, (他21名), Kohchi T. & Ishizaki K. Current Biology 29: 3525-3531. (2019) [2] Yasui Y, Tsukamoto S, Sugaya T, Nishihama R, Wang Q, Kato H, Yamato KT, Fukaki H, Mimura T, Kubo H, Theres K, Kohchi T & Ishizaki K. Current Biology 29: 3987-3995. (2019) 5. 連絡先 〒657−8501神戸市灘区六甲台町1−1 神戸大学大学院理学研究科生物学専攻 電話番号: 078−803−5727 E-mail: kimi@emerald.kobe-u.ac.jp −95−

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