2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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実実材材料料のの単単一一原原子子のの元元素素同同定定法法のの開開発発 東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授 杉本 宜昭 1. 研究の目的と背景 我々の生活は、様々な材料や分子の合成によって支えられている。限りある資源を有効活用し、環境への負荷を減らすために、デバイス作製や化学合成をできるだけ少数段のプロセスで、高いエネルギー効率で、生成物に関わらない余分な原子をできるだけ使わないようにすることが求められている。このような背景により、現在は単一原子・分子レベルでの分析手法が必要とされる時代となっている。 全ての物質は原子から構成されており、その性質や機能は、構成元素(組成)とその並び(構造)で決定される。したがって、1個1個の原子を‘視て’、それらがどの元素であるのかを同定することができるようになれば、半導体工学、触媒化学などの様々な分野において、究極的な分析手法となる。例えば、半導体中の不純物原子の同定や触媒反応場での反応生成物の同定などを通して、より効率的な物質合成を行うための指針を得ることができる。 単一原子の元素同定が、期待される技術として、走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscopy: SPM)がある。これは、図1に示すように、鋭い針を表面上でスキャンさせて、針先との相互作用により、表面の個々の原子を画像化する顕微鏡である。この顕微鏡は、発明に対するノーベル物理学賞が1986年に与えられて以来、単原子レベルでの物性測定、単原子操作など、ナノテクノロジーの中心的役割を担ってきた。 我々は、化学結合力測定に基づく元素同定法を提案した[1,2]。これは、規則正しく整列した規整表面に対して成功をおさめている。規整表面とは、試料全体にわたって均一で、原子が規則正しく並んだ表面のことである。一方で、原子が規則正しく並んでいない表面における個々の原子の元素同定が挑戦的な課題として残されている。そこで、本研究では、不規則な表面を持つ実材料の単一原子の元素同定技術を開発することを目標とする。 2. 研究内容 隕石等の微小な破片を採取するマニピュレータや、口腔内の細胞を採取する綿棒など、棒状の探査針はしばしば「プローブ」と呼ばれる。プローブ先端に付着した試料は、後に別の装置に移送され化学分析やDNA解析等が行われる。先行研究において、プローブ先端の原子構造に関する研究は行われていたが、原子種を識別することは非常に困難であった。今回、プローブ先端に付着した1つの原子を元素識別するという究極的な化学分析法を開発した。 まずプローブ先端の原子を元素識別する方法を提案した。基板表面上に既知の原子を2種類用意し、プローブ先端に付着した分析対象の原子を、それらの既知原子に精密に近づけた。そして、分析対象の原子と既知原子との間に働く化学結合エネルギーを計測した。得られた2つの化学結合エネルギーの組をポーリングの化学結合論で得られる予測値と比較することによって、分析対象の原子の元素を識別することができる。具体的には、1つ目の既知原子との化学結合エネルギーの値を横軸に、2つ目の既知原子との値を縦軸にしたグラフに計測値をプロットする。ポーリングの化学結合論[3]によると、分析対象の原子の元素1つに対して1つの直線が描ける。したがって、実験で得られたプロットが、どの元素の直線にのるかによって、元素を識別できる。 次に、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて[4,5]、それを実証することに成功した。検証実験として、シリコン製 図1 原子間力顕微鏡の模式図 カンチレバーに取り付けられた探針先端の原子と観察対象の原子との間に働く相互作用力を検出することによって、個々の原子を観察・分析する。 −108−発表番号 54 〔中間発表〕 

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