2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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脊脊椎椎動動物物ににおおけけるるフフェェロロモモンン受受容容のの起起源源にに関関すするる研研究究 東京工業大学生命理工学院准教授二階堂雅人 1. 研究の目的と背景 脊椎動物ゲノム中には、化学受容に関わる多重遺伝子群(multigene family)がいくつか存在し、その中でも1型鋤鼻受容体(V1R)群は哺乳類において揮発性のフェロモンを受容する。このV1R受容体遺伝子群のレパートリーに関しては種間で共通性が低い(それぞれの種に特異的である)こと、1つの鋤鼻神経細胞に発現するのは数あるV1R遺伝子の中からただ1種類のみであること(1 neuron-1 receptor rule)が定説となっている(Nikaido 2019)。しかし我々は、古代魚ポリプテルス、ガー、肉鰭類のシーラカンス、カエル、トカゲ、哺乳類といった広範な脊椎動物に共通して存在するV1R受容体遺伝子がただ1つだけ存在することを発見した(Suzuki et al. 2018)。進化的にこのV1R受容体の起源は非常に古く、およそ4億年以上も前に遡ると予想されることから、我々はこの遺伝子をancV1R(ancient:古い祖先に由来)と名付けた。このancV1Rは、既知のV1R型フェロモン受容体ファミリーに含まれてはいるものの、現在もアノテーションのされていない新規遺伝子であった。またこれまでの解析で、ancV1Rがほぼ全ての脊椎動物ゲノム中に存在していることや、鋤鼻器官全体に渡って発現していることが明らかとなり、このancV1Rが鋤鼻神経の機能における中心的役割を果たしている可能性が高い。また、上記の発見から鋤鼻神経細胞にはancV1Rに加えて、多数存在する既知のV1R遺伝子のどれか1つがセットになって発現していることが示唆され、定説と考えられてきた1 neuron-1 receptor ruleを覆すことになった。我々は、この進化学・神経生理学的に興味深いancV1Rの機能にせまり、未だ明らかにされていない鋤鼻神経細胞の情報伝達系の一端が明らかにする。同時に、原始的な脊椎動物であるポリプテルスを用いて鋤鼻神経細胞を介したフェロモン受容の進化的起源にも迫ろうと考えている。 2. 研究内容 まずancV1Rの機能を明らかにする一貫として、哺乳類におけるancV1Rの偽遺伝子化に着目し、それと鋤鼻器官の退化との関連性を検証した。まず、ゲノム情報が公開されている全261種に渡る哺乳類について、ancV1RとTRPC2の2つの遺伝子配列を単離した。TRPC2は鋤鼻神経において神経伝達の根幹の担う遺伝子であり、ancV1Rと同様に鋤鼻器官では重要な役割を果たしていると考えられている。我々はこれらの2つの遺伝子について、遺伝子の機能を破壊するDNA変異の有無と遺伝子に働く自然選択圧の緩みを検証した。その結果、鋤鼻器官が退化したことが分かっているクジラ、上位の霊長類、一部のコウモリ類については、どの種においても上記のDNA変異と自然選択圧の緩みが検出された。そのため、解析に用いた2つの遺伝子の機能欠損が、鋤鼻器官を介したフェロモン感覚の退化を予測する有効なマーカーになりうることが示された。さらに、上記の種だけでなく哺乳類全体について網羅的な進化解析をおこなったところ、水棲哺乳類ではマナティ、カワウソ亜科(カワウソ・ラッコ)、アザラシ科、陸棲哺乳類ではヨザル、フォッサ、ハーテビースト亜科において、ancV1R、TRPC2ともに、遺伝子の機能を破壊するDNA変異と自然選択圧の緩みの両方が検出された(Zhang and Nikaido 2020, 図1)。 今回の結果は、ancV1Rが鋤鼻神経細胞において必須な働きをしていること改めて示唆しただけでなく、これまでに鋤鼻器官の記載のなかった種においても、容易に鋤鼻器官の退化の可能性をDNAレベルで検証することが可能になったと言える。 図1実験結果 ancV1Rの偽遺伝子化が確認された哺乳類 −116−発表番号 58 〔中間発表〕  

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