2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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続いて、ハツカネズミ(Mus musculus)を用いたancV1Rの機能研究をおこなった。まず、RNA-seqを駆使してancV1R野生マウスと欠損個体(CRISPR/Cas9による欠損個体を共同研究にて作成済み)の間における、鋤鼻上皮での網羅的な遺伝子発現比較解析をおこなった。その結果、ancV1R欠損個体では、オス由来の匂いを受容するV2R遺伝子の発現が増加していることが明らかとなった。そこで、ancV1R欠損メスがオスに対してとる社会行動の観察解析をおこなったところ、ancV1R欠損メスはオスからの性行動に対して拒絶行動を示すことがわかった。このancV1R欠損個体における異常行動の原因を探るため、欠損個体に対してオスの匂い刺激を与えた後に、その刺激によって活性化された神経細胞をc-Fos発現によって可視化し、それを野生個体と比較した。その結果、ancV1R欠損メスにおいては、オスの匂い刺激によって活性化される細胞が現象していることがわかった。これは、ancV1R欠損個体メスがオス個体を正常に認識できていないことを示唆した。ancV1Rがフェロモン受容に大きく関与することを示す有力なデータであると考えている。 脊椎動物の進化的な視点からの研究として、古代魚ポリプテルス(Polypterus senegalus)を用いた鋤鼻器官の起源に関する実験をおこなった。ポリプテルスの嗅覚器は主嗅覚器と副嗅覚器の2つの区画からなることが知られているため、副嗅覚器が鋤鼻上皮の役割を担っていると予想し、RNA-seqおよびFISHを駆使して鋤鼻上皮関連遺伝子の網羅的な発現量比較を試みた。RNA-seq(n=3)解析の結果、主・副嗅覚器では共にancV1Rを含む鋤鼻上皮関連遺伝子の発現に有意な差は検出されなかった。FISH解析においても、ancV1Rやその他の遺伝子発現に関して、両区画において明瞭な差は見受けられなかった。この結果より、ポリプテルス嗅覚器は、解剖学的には明瞭に異なる区画が存在しているものの、フェロモン受容に関わる遺伝子発現レベルもしくは生理的なレベルでの明瞭区分けがないことが予想された。ただし、以上の実験では明らかにすることができていない未知の機能的な差が存在する可能も多分に残されており、さらなる候補遺伝子を指標とした遺伝子発現比較解析をおこなう予定である。 3. 今後の展開 ancV1Rの機能に関してはまず、ancV1R欠損個体における性行動異常がいかなる機構によって生じたものかを明らかにするため、鋤鼻システムのより高次中枢の神経刺激に関して、c-Fos発現を指標とした活性化パターンの解析を進めて行きたいと考えている。具体的には、メスのせい行動の受け入れを促進させるESP1フェロモンは副嗅球を介して扁桃体内側核(MeA)を活性化させ、その後に視床下部腹内側核(VMH)および中脳水道周囲灰白質(PAG)を活性化させるため、これらの領域における神経活性化パターンを野生型と欠損型で比較することを計画している。 また、鋤鼻器官の起源に関しては、ポリプテルスの嗅覚器官に鋤鼻上皮様領域が存在する可能性の残る未確認領域を探索すべく、ポリプテルス嗅覚器の冠状断面に対してFISH法を用いた鋤鼻上皮関連遺伝子の発現解析を行う。それと並行し、まだFISH法で発現パターンを確認していない嗅上皮および鋤鼻上皮関連遺伝子の発現パターンの比較(各受容体と共役するGタンパク質や鋤鼻神経細胞のチャネルとして知られるTRPC2など)を行い、鋤鼻上皮様領域と嗅上皮様領域が区画化されているのかどうかを検証する。また、ポリプテルス以外の古代魚(例えば下位条鰭類のガー、チョウザメ、肉鰭類のハイギョなど)の嗅覚器における鋤鼻上皮様領域の探索も同時に進めていく予定である。 4. 参考文献 Suzuki H, Nishida H, Kondo H, Yoda R, Iwata T, Nakayama K, Enomoto T, Wu J, Moriya-Ito K, Miyazaki M, Wakabayashi Y, Kishida T, Okabe M, Suzuki Y, Ito T, Hirota J, Nikaido M. (2018) A single pheromone receptor gene conserved across 400 million years of vertebrate evolution. Mol. Biol. Evol. 35: 2928–2939. Nikaido M. (2019) Evolution of V1R pheromone receptor genes in vertebrates: diversity and commonality. Genes Genet. Syst. 94:141-149. Zhang Z, Nikaido M. (2020) Inactivation of ancV1R as a predictive signature for the loss of vomeronasal system in mammals. Genome Biol. Evol. (in press) 5. 連絡先 東京都目黒区大岡山2-12-1-W3-43 Tel: 03-5734-2659 email: mnikaido@bio.titech.ac.jp HP: http://www.nikaido.bio.titech.ac.jp −117−

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