2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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おける主要貝殻マトリックスタンパク質(とその遺伝子配列)の特定を行った。次いで、軟体動物貝殻亜門に属するアコヤガイ・マガキ・カサガイ・ヒダリマキマイマイの公開済みの貝殻タンパク質データと生物情報学的手法による相同性解析を行った。その結果、貝殻亜門の主要貝殻タンパク質(キチン結合タンパク質、A2M関連タンパク質、チロシナーゼ、及びVWA含有タンパク質などを含むX個)の特定に成功した。また、それぞれの分類群に獲得・喪失された特異的な貝殻タンパク質の特定にも成功した。例えば、陸棲であるダリマキマイマイにだけ、ペロキシダーゼがなかった。これは、進化により陸に上がった際に失くした可能性が考察できる。 2.3 頭足類内の貝殻タンパク質の特定 ここでは、頭足類内部の貝殻タンパク質の進化経緯を明らかにするための第一歩として、本研究で得られたオウムガイとカイダコ2種(アオイガイとタコブネ)のトランスクリプトームデータと、オウムガイの貝殻タンパク質のプロテオームデータを用い比較ゲノム解析を行った。具体的には次の通りである。カイダコ類の貝殻は、その他の貝殻亜門のように、外套膜から形成されるのではなく、第一腕から分泌されるタンパク質から作られるとされている。また、カイダコ類の殻は石灰性ではあるが、真珠層などがなく、強度も非常に弱く、同類の頭足類のオウムガイやアンモナイトも含む一般的な軟体動物の貝殻と構造が異なる。 そこで私たちはまず、第一腕vs. 第二腕 vs. 外套膜のトランスクリプトームの比較解析を行った。得られたトランスクリプトームデータを、本研究で作成した今まで報告されてきた貝殻タンパク質のデータベースや、2.2に報告したオウムガイのデータとさらに比較解析した。その結果は大変驚きのものであった:(1) カイダコ類には、オウムガイも含むその他の軟体動物貝殻亜門の貝殻マトリックスタンパク質が発現されていること、(2) 発現場所は、当初の知見である第一腕だけではなく、第二腕や外套膜にも発現されていること、が判った。 これらの結果から新たな疑問が発生する、「なぜ貝殻の構造が違うのか?」「貝殻形成で、第一、二腕や外套膜にも発現する意義は何か?」「頭足類や軟体動物の貝殻形成遺伝子の進化に、どのような知見が得られるか?」「カイダコ類の貝殻の進化による重要形質の再獲得は、遺伝子の新規獲得・既存遺伝子の再利用のどちらによるものか?」「貝殻のような重要形質の獲得・再獲得・喪失のゲノム・遺伝子レベルでのメカニズムは何か?」などについては今後のカイダコ類のゲノム配列や、貝殻タンパク質のプロテオーム解析などによって解明したい。 さらには、本研究で得られたオウムガイ・カイダコ類のデータと、公開済みのマダコのデータとの解析で、貝殻がないにも関わらず、マダコは貝殻マトリックス遺伝子を発現していることが判った。これは、ペルム紀に起きた海洋酸性化への適応としての貝殻喪失のゲノムレベルへの理由解明に繋がるが、今後の研究課題として残っている。 3。 今後の展開 上述のように、本研究で得られた結果から、さらなる科学的疑問が生まれた。今後は、動物の生体実験、全ゲノム解析や系統ゲノム解析なども含む研究を行っていく予定である。また、軟体動物貝殻亜門全般の貝殻進化を対象にする必要があるため、オウムガイやカイダコだけではなく、コウイカやホタルイカ、マツバガイやツノガイなど様々な貝殻亜門も解析に加えたい。今後の研究による新たな疑問に答えることで、初めて当初の設定課題である「重要形質の喪失と獲得の進化による、海洋酸性化への適応に関係する遺伝子の特定」及び、「海洋酸性化に対する軟体動物の保全に使える評価システムの開発」ができると考えられる。 4。 連絡先 Davin H. E. Setiamarga 和歌山工業高等専門学校生物応用化学科 住所:644–0023 和歌山県御坊市名田町野島77 電話:0738–29–8429 E-mail:davin@wakayama-nct.ac.jp 図4. 本研究で特定された軟体動物門貝殻亜門の主要貝殻タンパク 質ドメイン。 −7−

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