2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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室温でのエレクトロマグノン共鳴を励起した時の、テラヘルツ光の電場波形と磁化の過渡信号を示したのが図1(a)(b)である。テラヘルツ電場のピーク付近(2-3 ps)で磁気光学プローブの信号にピーク構造が観測された。現在の装置のシグナルノイズ比から見ると有意の差であると判断できる。このピークは正の方向に出ており、テラヘルツ電場のような振動波形は観測されたかった。まず、この信号が磁化以外の起源を持つ可能性について考察する。検証実験として、磁化の方向を変えて同様の測定を行った。面直磁化の場合には図1(b)のピーク構造が観測されたが、面内磁化の場合には有意の信号は観測されなかった。この結果は、テラヘルツ照射による誘電率の変調といった効果ではなく、磁性に由来した応答であることを示している。次にこの磁気光学効果の信号からどの程度磁化が変調されているかを見積もった。別途磁気光学効果の測定を行い、磁化の大きさと偏光回転角の対応を見積もった。その結果0.03 B/f.u.程度の磁化変調であることが明らかになった。静的に出ている磁化は3 B/f.u. 程度であるので、約1%磁化がテラヘルツ光により変調されていることになる。通常磁化の運動は、磁気共鳴の周波数でリミットされ、同物質ではギガヘルツ帯に相当する。周期にするとナノ秒程度であり、本研究で観測したピコ秒スケールの信号は高速な磁化変調が実現できている可能性を示唆している。 この磁化変調のメカニズムのモデルについて考察を行う。もし線形応答であればテラヘルツ電場と同様の振動波形が観測されるはずであるが、実際は電場のピーク付近でのみ有意の信号を検出している(図1(b))。例えば2次の非線形効果であれば、E2は電場のピーク以外の領域は相対的に一桁以上小さくなり、ピーク位置のみからの効果が有意の信号として観測される。今、電場の2次の効果として、電気磁気効果を取り入れたモデルを考える。電気磁気効果は磁化と電気分極が共存する物質内で起こる現象であり、例えば電場により磁化が誘起されるといった現象として観測される。磁化をM、分極をP、電場をEとすると、電気磁気テンソルを用いてM=Eと書くことができる。本研究で扱っているらせん磁性マルチフェロイックは極めて大きな電気磁気効果を示す物質群として知られている。本実験では磁場を印加し、磁化の方向を面直に配向させているため、磁化が存在するという条件は満たしている。しかし、マクロな電気分極は存在せず電気磁気テンソルはゼロである。次にテラヘルツ光を照射したときの応答を考える。テラヘルツ光の電場Eにより試料には誘電分極が誘起される。特に今はエレクトロマグノンを共鳴励起しており、テラヘルツ光により過渡的なスピン誘起電気分極P=Eが生成されていると考えることができる。この過渡的な分極Pにより、過渡的に電気磁気テンソルが有限となる。このテラヘルツ誘起の電気磁気テンソルは、テラヘルツ光の電場により磁化Mを誘起することができる。つまり、M=EME2という関係が期待できる。このとき、磁化変調Mは電場の2乗に比例することが予想される。 3. 今後の展開(計画等があれば) 今後の研究の課題としては、このモデルの妥当性の検証と、エレクトロマグノンの共鳴励起の有効性の検証が挙げられる。モデルの妥当性は様々な実験配置で測定することで、対称性の観点から検証することができる。一方、エレクトロマグノンの有効性に関しては、テラヘルツ光の偏光依存性の測定により、共鳴励起の有無と磁化変調との相関を検証するという実験が考えられる。また今後は、より強い非線形性を持つ現象の開拓、超高速相転移などへの展開が期待される。 4. 参考文献 [1] Y. Takahashi et al., Nature Physics 8, 121-125 (2012). [2] H. Shishikura et al., Phys. Rev. Applied 9, 044033(2018). 5. 連絡先(掲載してよい場合、住所、電話番号、E-mailアドレス等) E-mail:youtarou-takahashi@ap.t.u-tokyo.ac.jp -10-50510(rad)86420Time (ps)6004002000-20086420-0.04-0.0200.020.04-200Electric field (kV/cm)テラヘルツ電場波形磁化Magnetization (/f.u.)ΔΔ (rad)(a)(b)図1:(a)テラヘルツ光の電場波形と、(b)テラヘルツ照射による磁化変調。 −143−

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