2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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ススピピンントトロロニニククスス現現象象のの化化学学的的制制御御 慶應義塾大学理工学部 准教授 安藤 和也 1. 研究の目的と背景 近年のスピントロニクスにおいて、スピン軌道相互作用は重要な役割を果たしている。最も顕著な例は、スピン軌道相互作用によって発現する電流とスピン流の相互変換である。これによりスピン流の電気的生成と検出が可能となり、スピン軌道トルクによる磁化制御の実現やスピンゼーベック効果の発見など、スピン流により駆動される新現象・新物性開拓へと繋がり、スピン軌道相互作用を基盤とした新原理のスピントロニクス素子実現への道が拓かれた [1]。 若手継続グラントでの研究によって、Ag/Bi界面に現れる巨大ラシュバスピン軌道相互作用を介したスピン流から電流への変換を観測することに成功した [2]。この進展により、これまで長年に渡り研究が進められてきたバルクスピン軌道相互作用によるスピン流変換に匹敵する変換効率を界面スピン軌道相互作用により実現可能であることが明らかになった。また、研究奨励〜若手継続グラントにおいて、強磁性体にスピン流を注入することで現れる磁化に作用するトルク、スピン軌道トルクの測定手法を確立し、これにより、スピン流から電流への変換の逆過程である、電流からスピン流への変換を定量が可能となった。本手法を用いることで、金属の酸化によってスピン軌道トルク生成効率、すなわち電流からスピン流への変換効率が劇的に増大する新現象の存在を明らかにした [3]。これまでスピントロニクス研究の舞台は主に金属ヘテロ構造であり、スピン流変換現象の外部制御は困難であった。一方、上記現象は、低キャリア濃度層を含むヘテロ構造で実現されたものであり、スピントロニクス現象の外部制御が可能となると期待される。 本研究は、上記進展に着想を得たものであり、スピン軌道相互作用によって発現するスピン流変換の制御を目指すものである。特に、本研究ではエレクトロニクス素子で研究が進められてきた有機分子を用いた電荷及びスピンドーピングを戦略的に取り入れることで、分子を用いたスピントロニクス現象の制御原理・新物性創発を開拓し、スピントロニクスの新領域形成を目指す。 2. 研究内容 分子を用いたスピン流変換の制御を狙い、初めてスピンホール効果が観測された金属であり、現在でも最も標準的かつ効果的なスピン流変換素子として知られているPtに注目し、表面に自己組織化単分子膜形成した超薄膜Pt/Coヘテロ構造におけるスピン軌道トルク生成を調べた。この系では、Pt表面への自己組織化形成により分子-Pt界面における電荷移動が現れ、Pt表面の空間反転対称性の破れに起因するラシュバ型スピン軌道相互作用の変調を期待できる。Pt/Coヘテロ構造において、Ptの強いスピンホール効果のために巨大なスピン軌道トルクがバルク効果により生成されるが、Pt層をスピン拡散長と同程度以下である1 nm程度まで薄膜化することでスピンホール効果を抑制し、表面ラシュバ効果に起因するスピン軌道トルクを観測できると見積もった。有機分子として、逆符号のダイポールモーメントを持つ1H,1H,2H,2H-perfluorodecanethiol (PFDT)と1-octadecanethiol (ODT)を用い、これを自己組織化単分子膜形成したPFDT-Pt/Co, ODT-Pt/Co及び、表面に分子形成処理をしていないPt/Co試料について、スピントルク強磁性共鳴によってスピン軌道トルクを精密に測定した(図1(a))。 表面に分子形成したPFDT-Pt/Co素子について測定したスピントルク強磁性共鳴の測定結果を図1(b)に示す。スピントルク強磁性共鳴スペクトルは、強磁性共鳴磁場に対して対称なローレンツ成分と共鳴磁場に対して符号を反転する反対称成分の和でよく再現された。スピントルク強磁性共鳴の駆動源には、スピン軌道トルクであるダンピングライクトルク及びフィールドライクトルクに加え、Pt層に流れる電流が作るエルステッド磁場がある。ダンピングライクトルクは対称成分の電圧を生成し、フィールドライクトルクとエルステッド磁場は反対称成分の電圧を生成する。強磁性層の膜厚により対称成分・反対称成分の比が変化している図1(b)の結果は、この3つのトルクが同程度の大きさであることを示しており、電流からスピン軌道トルク(スピン流)への変換効率を求めるためには、この3成分を精密に分離する必要−148−発表番号 73〔中間発表〕 

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