2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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がある。スピントルク強磁性共鳴スペクトルの対称成分・反対称成分の比の強磁性層厚さ依存性からこれを分離することができ、この結果を表1に示した。 表1の結果は、Pt/Co界面のスピン軌道相互作用に起因するフィールドライクトルクに対しては、Pt表面への分子形成の効果は無視できるほど小さいことを示している。この結果は、Pt表面への分子形成の効果が表面ごく近傍に限定され、界面スピン伝導に対する効果は無視できると期待されることと整合している。 Pt表面への分子形成の効果が無視できるほど小さいフィールドライクトルクに対し、ダンピングライクトルクは分子形成により顕著に変化し、ODTの形成により減少、PFDTの形成により増大した。Pt/Coヘテロ構造におけるダンピングライクスピン軌道トルクの起源はPtバルクのスピンホール効果及びPt表面のラシュバ・エデルシュタイン効果である。しかし、分子形成によるPt層の抵抗率変化は1%以下と極めて小さいため、観測された分子形成の効果はバルクスピンホール効果及びPt層のスピン拡散長の変化では説明できない。すなわち、分子形成によるダンピングライクトルク効率の変化は、表面ラシュバスピン軌道相互作用によるスピン軌道トルクの変化によるものである。 定量されたダンピングライクトルクからバルクスピンホール効果に起因する成分を差し引くことで、表面ラシュバ効果由来のスピン軌道トルクを見積もることができる。この結果、PFDTの形成によって、表面スピン軌道トルク効率が40%程度も増大していることが明らかになった。これまでスピン軌道トルクの制御が可能となるのは低いキャリア濃度のため電界効果が有効な半導体素子に限定されてきた。今回の研究により、表面の空間反転対称性の破れに起因する表面ラシュバスピン軌道相互作用に注目することで、金属系スピントロニクス素子においてもスピン流変換の制御が可能となることが明らかになった。スピントロニクス素子の分子制御を実現したこの結果は、分子-金属界面における電荷移動がスピントロニクス現象の制御に対する有効な手段となることを示している。 3. 今後の展開(計画等があれば) 今回の研究により、金属ヘテロ構造におけるスピントロニクス現象の中でも最も本質的な電流からスピン流への変換を表面分子形成により制御可能であることを明らかにした。スピントロニクスにおいて、有機分子に対する主な関心は、著しく小さなスピン軌道相互作用に特徴づけられるスピン緩和とスピン伝導であった。一方、今回の研究は、スピントロニクスにおける分子利用の新たな可能性を拓くものである。引き続き、スピントロニクス現象に対する分子形成の効果を明らかにするための研究を進める。 4. 参考文献 [1] Manchon, J. Železný, I. M. Miron, T. Jungwirth, J. Sinova, A. Thiaville, K. Garello, and P. Gambardella, Rev. Mod. Phys. 9911, 035004 (2019). [2] Nomura, T. Tashiro, H. Nakayama, and K. Ando, Applied Physics Letters 110066, 212403 (2015). [3] H. An, Y. Kageyama, Y. Kanno, N. Enishi, and K. Ando, Nature Communications 77, 13069 (2016). 5. 連絡先 〒 223-8522 神奈川県横浜市港北区日吉3丁目14−1 慶應義塾大学矢上キャンパス24-512 電話番号:045-566-1582 E-mail: ando@appi.keio.ac.jp 図1. (a) スピントルク強磁性共鳴測定の模式図。(b) PFDT-Pt/Co試料におけるスピントルク強磁性共鳴スペクトル。tCoはCo層の膜厚を表す。 表1. Pt/Co, PFDT-Pt/Co, ODT-Pt/Co薄膜におけるダンピングライクトルク効率 !"#とフィールドライクトルク効率 $"#の測定結果。 −149−

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