2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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果,カルボキシル化を担う遷移金属触媒としてはNiCl2(dtbbpy) のようにビピリジルユニットを含む配位子の利用が必須であること,副反応としてケトン誘導体が生成しており低収率の原因になっていることが分かった。 低収率という問題はあるものの望みの反応が進行している可能性が示唆されたことから,種々のキラルビピリジル配位子を合成し,アミノ酸のラセミ混合物からの動的不斉変換を検討した。しかし,アミノ酸の原料消費が見られるものの,エナンチオ選択性の発現には至らなかった。なお,キラルなビピリジル系配位子はいくつか知られているが,配位子設計の自由度が少ないために,反応性と選択性の両立を可能とする配位子を見出すことはできなかった。 本反応における不斉カルボキシル化反応の過程はアミンのC–H 結合が二酸化炭素のC=O 結合へ付加する反応とみなせる。この反応の熱力学的考察を行うために,モデル反応としてケトンへの付加反応を取り上げ,アミンα 位のC–H 結合がC=O結合へ付加する反応の熱力学的考察を行った。なお,モデル反応は芳香族ケトンとN-メチルアニリン誘導体の混合溶液に紫外光を照射することで無触媒下でも高効率で付加反応が進行することを見出した(図3a)2。 図3. 光を駆動力としたエントロピー的に不利な付加反応 熱力学的パラメーターを理論計算により解析したところ,本反応が熱力学的に不利な吸エルゴン反応であること,反応に伴うエントロピーの損失が吸エルゴンの要因であること,光エネルギーによりこのエントロピー損失を補うことで反応が進行することが分かった(図3b)。このような熱力学的に不利な反応は分子間付加反応などで一般的にみられるものであるであり,目的のアミノ酸合成においても同様であると考えられる。つまり,エントロピー損失を補うことが出来れば,アミノ酸合成の収率向上に繋がり,ひいては適用可能な配位子の拡大に繋がると考えている。エントロピー損失を補い反応をさらに加速する方法としては,二酸化炭素圧を上げることが考えられるが,一般に汎用される金属製高圧容器は光照射することができないため,光照射下で高圧反応を実施することが出来る反応容器を設計するなどの工夫が必要である。なお,上述のようなエントロピー損失に由来する吸エルゴン反応を光駆動により進行させる議論はこれまで行われてこなかった。つまり,「光によりエントロピー損失を補うことで熱力学的に不利な反応を駆動する」という新しい反応設計概念を提示することにも繋がった。 3. 今後の展開 本研究では,光学活性アミノ酸の新規合成手法としてラセミ体であるアミノ酸を一方の光学活性アミノ酸へと変換する動的不斉変換法の開発を行った。望みの光学活性アミノ酸を得るには至らなかったが,種々の実験から光触媒およびニッケル触媒を用いることで望みの反応が進行していることが示唆された。 モデル反応としてアミンのケトンへの付加反応を取り上げ,その熱力学的考察から本反応がエントロピー的に不利な吸エルゴン反応であること,また光エネルギーによりエントロピー損失を補うことで反応が進行していることを明らかにした。なお,この「光によりエントロピー損失を補うことで熱力学的に不利な反応を駆動する」という設計はこれまでになく,新しい反応設計概念と言える。今後はこれらの知見を基に反応性の向上と不斉合成への展開を検討する。 4. 参考文献 1. (a) Seo, H.; Katcher, H,M.; Jamison, T, F. Nat. Chem. 22001177,, 9, 453–456; (b) 細川敦,岩本貴寛,中村正治,化学(化学同人), 22001188,, 73, 70–71. 2. Iwamoto, T.; Hosokawa, A.; Nakamura, M. Chem. Commun. 22001199,, 55, 11683–11686. 6. 謝辞 本研究は 2017 年度旭硝子財団研究助成金により実施させていただくことができました。選考委員および関係者の皆様に厚くお礼申し上げます。 −13−

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