2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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豪雪地帯の雪の下で活動する昆⾍群集の解明 弘前大学農学生命科学部附属白神自然環境研究センター准教授 中村剛之 1. 研究の目的と背景 一般的な昆虫とは異なり、雪の降る季節にも冬眠をせず、活動を続ける昆虫が少数ながら知られている。しかし、寒冷な気候に適応したと考えられるこれらの昆虫も、夜間などに気温が一定以下に下がると寒さに耐えられずに凍死してしまうことが報告されている[1]。以前は、雪の表面で観察されるこれらの昆虫は気温や風雪が厳しくなると雪の隙間などに逃げ込んでやり過ごすものと考えられていたが、私が行った先行研究で厚い積雪と地面との間の狭い空間で一部の昆虫が冬季間を通じて活動を続けていることが明らかになった[2]。 積雪のある地域では、厳冬期の外気は温湿度が大きく変化し、夜間には冬に活動する昆虫にとっても致命的となる –10℃を下回ることも稀ではない。一方、厚い積雪の下では森林なら落ち葉の分解熱があることに加え、厚く積もった雪が布団のような保温の役割を果たすため、積雪期を通して温度が +1〜2℃と外気に比べ暖かく、湿度も高い状態で安定的に保たれる。冬に活動できるだけの耐寒性を持った昆虫であれば、雪の下は鳥などからの捕食を免れる上、環境も一定で、雪の表面より格段に暮らしやすい環境のはずである。 日本列島の日本海側の地域は、世界屈指の豪雪地帯として知られている。この地域では長年にわたって安定した積雪が続いており、ブナのような豪雪に耐える植物が優占するなど、独特の自然景観を有している。こうした環境条件のもと、雪の下で活動する昆虫類は、この特殊な環境に適応し、形態や暮らし方に独自の進化を遂げている可能性がある。カナダやヨーロッパでは雪の下で活動する無脊椎動物や一部の昆虫類についての報告があるものの[3][4]、国内はこれまで調査が行われてこなかった。そのため日本の豪雪地帯の雪の下には独特の昆虫群集が人知れず残されている可能性がある。 本研究は、これまで関心が払われていなかった雪の下の空間を日本の各地で調査し、雪の下に暮らす昆虫群集の種多様性と活動の様子を明らかにすることを目的としている。 2. 研究内容(実験、結果と考察) ①調査地 各地の豪雪地域を選び、北海道では音威子府村(北大中川演習林)、足寄町(九大北海道演習林)、富良野市(東大北海道演習林)、札幌市(森林総合研究所実験林)、上ノ国町(北大檜山演習林)の5箇所、本州では青森県青森市(青森県民の森)、青森県白神山地(弘前大白神自然観察園)、岩手県雫石町(岩手大御明神演習林)、山形県鶴岡市(山形大上名川演習林)、新潟県十日町市(森の学校キョロロ)、栃木県日光市(宇都宮大日光演習林および民有地)、長野県志賀高原(信州大志賀教育林)、石川県志賀町(民有地)の9箇所を調査地とした。 ②雪の下の昆虫相調査 雪の下で活動する昆虫を捕獲するため、地表に置いたコンクリートブロックとベニヤ板で昆虫が活動する空間を作り、その中に保存液を入れたピットフォールトラップ(図1)を考案した。雪が降りだす前にそれぞれの調査地にこのトラップを10基ずつ設置し、雪 図1ピットフォールトラップの構造 図2トラップ設置,回収の様子 −184−発表番号 88

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