2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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が積もって根雪となった時期(おおよそ11〜12月)を見計らい、雪の中のトラップを一度掘り出して更新し、春に雪解けによってトラップが雪の表面に露出する前(3〜4月)に雪の中から掘り起こして回収した(図2)。このようにすることで雪の表面で活動する昆虫が捕獲されることを避け、雪の下の昆虫のみを採集するよう工夫した。 その結果、双翅目、甲虫目などの昆虫類のほか、トビムシ類、クモ類、ダニ類、多足類などの節足動物が多数捕獲された。双翅目では、クモガタガガンボがどの地域でも確認できたほか、これまで知られていなかった翅が退化したユスリカ、クロバネキノコバエ、ノミバエなどが採集された(図3)。 甲虫目ではハネカクシ科が圧倒的に多く、Autalia、Proteinus、Olophrum属などのハネカクシ類は複数の地域で幾つものトラップに高頻度で捕獲された。これらの種は雪の下の昆虫群集の主要な構成メンバーと考えられる(図4)。また、北海道音威子府村では、全身アメ色で複眼と後翅が退化し、脚が短い属不明の未記載種が捕獲された(図4右端)。このハネカクシが持つ形態的特徴は洞窟性昆虫と共通する点があることから、本種は暗く狭小な雪の下の空間に適応するため、特殊な形態を獲得した可能性がある。 図3雪の下で捕獲された代表的な双翅目昆虫 a 捕獲の様子,b クモガタガガンボ, c ノミバエの一種, d クロバネキノコバエの一種. 図4雪の下で捕獲された代表的なハネカクシ科昆虫 ③ 雪の下の昆虫の直接観察 各調査地でのピットフォールトラップを使った昆虫相調査に加え、青森県白神山地では図5に示す構造の観察小屋を作り、この中で積雪期に地表面で活動する昆虫の行動を直接観察した。その結果、トビムシ類、甲虫類の幼虫などの活動が観察された。またクモガタガガンボがアカネズミの坑道を利用する様子も確認できた。常に雪の重さがかかる雪の下の空間において、冬眠しない哺乳動物が穿つ坑道が昆虫たちの移動と活動の場となっていることが確認できた。 図5 観察小屋a 単管パイプによる骨組み,b ベニヤ板で覆った状態,c 林内での設置状況(3W×3.6L×2.5H m). 3. 今後の展開(計画等があれば) 今回の研究では北海道と本州の豪雪地帯14地域に延べ180基のトラップを設置したが、調査できた範囲はごく限られ、雪の下の昆虫群集の一端を垣間見たに過ぎない。より多様な地域、環境下での調査を継続したい。 また、現在地球温暖化などの環境変動の影響を強く受け氷が溶け出していると言われるアラスカやロシアの永久凍土地帯へも調査範囲を広げ、雪の下の昆虫群集に関する知識を深めたいと考えている。 4. 参考文献 [1] Sunose, T., 1986. Makunagi 14: 1–7. [2] Nakamura, T. and D. Kato, 2014. 8th International Congress of Dipterology, Abstract Volume: 240. [3] Juskula, R. and A. Soszynska-Maj, 2011. ZooKeys 100: 517–532. [4] Merriam, G., J. Wegner and D. Caldwell, 1983. Holarctic Ecology 6: 89-94. 5. 連絡先 〒036-8561 青森県弘前市文京町3 弘前大学農学生命科学部附属白神自然環境研究センター Tel./Fax. 0172-39-3707 dhalma@hirosaki-u.ac.jp −185−

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