2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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嗅嗅覚覚誘誘導導性性低低体体温温をを制制御御すするる分分子子メメカカニニズズムムのの解解明明とと 人人工工冬冬眠眠・・低低体体温温療療法法へへのの応応用用 関西医科大学附属生命医学研究所 学長特命准教授 小早川 高 1. 研究の目的と背景 冬眠動物は、低体温・低代謝の状態で生存する能力を持ち、虚血・再灌流傷害に対する抵抗力を持つ。したがって、ヒトのような非冬眠動物に人工冬眠を誘導できれば、血流停止による不可逆的な脳障害を軽減できると期待されている。実際に、低体温療法は虚血再灌流障害に対する神経細胞の保護効果を与えることはよく知られている。しかし、外部冷却システムに依存する既存の低体温療法では、異常な低体温を感知した脳による発熱応答を誘導することになる。人工冷却と体の発熱の矛盾を解消するためには、脳が低体温を許容する特殊な状態を誘導する必要がある。さらに、医療応用を目的とするのであれば、このような脳の状態を何らかの刺激により簡便に誘導できれば理想的である。 低温環境で遭難した患者では長時間の心肺停止後に発見されたにもかかわらず、後遺症もなく回復した例が知られている。このような特殊な例ではヒトが冬眠状態となり生命保護作用が誘導された可能性がある。私たちは、冬眠状態は冬眠動物のみが獲得した特殊な能力ではなく、非冬眠動物も含め生物は低体温・低代謝を基盤とする未知の潜在的な生命保護モードを進化させており、生命が危機に瀕したことを感知した脳はその保護モードを誘導する可能性があるのではないかと考えた。この考えを実証するためには、モデル動物やヒトの危機知覚を誘導する技術が必要である。恐怖は、脳が生命を脅かす危険を認識したときに誘発され、個体の生存確率を高める行動・生理反応を誘発するように進化してきたと考えられる。しかし、恐怖がもたらす保護効果については不明な点が多い。これらの効果を解明することは、恐怖の進化を理解することにつながるが、さらには、潜在的な生命保護作用を医療応用する革新的な技術開発につながる可能性も期待できる。 恐怖刺激は様々な生理反応を誘発することが知られる。後天的な恐怖刺激の提示は、マウスにおいて心拍数および体温の増加をもたらす。対照的に、恐怖症の患者がその恐怖刺激にさらされたとき、心拍数は50%減少する。恐怖は先天的メカニズムと後天的メカニズムによって誘導される。両者の情動は共に恐怖として一括りに考えられてきた。しかし、我々はこれまでに、先天的と後天的な恐怖情報は脳の恐怖中枢である扁桃体中心核において拮抗的に統合され、先天的な恐怖行動が後天的な恐怖行動より優先されるという階層的な制御を受けることを解明した(文献1)。このことから、先天的と後天的な恐怖は異なる種類の情動状態であることが示唆される。 先天的と後天的な恐怖行動が拮抗的に制御されるのであれば、両者に伴う生理的応答も拮抗的である可能性がある。神経科学の研究領域では後天的な恐怖モデルが広く用いられてきた。これに対して、モデル動物に先天的恐怖を誘導する効果的な刺激方法が確立していなかったために、先天的恐怖刺激によって誘導される生理的応答の解明は遅れていたし、先天的恐怖刺激が誘導する生理応答がどのようにして生体保護効果に繋がるのかはほとんど解明されていない。本研究では、私たちが開発した「チアゾリン類恐怖臭」を用いて極めて強力な先天的恐怖情動をマウスに誘導できる新たな実験系を用いて、先天的恐怖刺激がもたらす生命保護作用の解明を目指した。 2. 研究内容 (実験、結果と考察) 初期の動物行動学研究では、先天的な行動は天然の刺激よりも人工的な誇張された刺激(すなわち超正常刺激)によってより強力に誘導されることが明らかになった。例えば、ヒナは親のくちばしの形や色を誇張した明らかに本物とは形状の異なる棒を、本物のくちばしよりも頻繁についばむ。これまで、生理活性を持つ匂い分子は天然物の中から発見されてきた。天敵に由来する匂い分子、キツネの分泌物由来の2,4,5-トリメチル-3-チアゾリン(TMT)、猫の首輪などは、げっ歯類の先天的な恐怖反応を誘導する。しかし、これらの匂い分子によって誘発される恐怖行動は、あらかじめ電気ショックと関連学習させておいた匂い分子を嗅がせることで誘導できる後天的な恐怖行動に比較するとはるかに弱い。 これに対して、私たちは、TMTの化学構造を最適化することで、これまでに同定されている他の先天的恐怖臭と比較して遥かに高いレベルのFreezing行動を誘発できる一群の人工匂い分子「チアゾリン類恐怖臭(Thiazoline-related fear odors: tFOs)」を開発した(文献1)。さらに、私たちは、tFOが三叉神経のTransient receptor potential ankyrin 1(TRPA1)−14−発表番号 7〔中間発表〕

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