2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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生息地の分断が引き起こす種内多様性の急速な消失:サケ科魚類の降海関連DNA変異による検証 神戸大学大学院理学研究科 准教授 佐藤 拓哉 1. 研究の目的と背景 種内の遺伝的多様性は、生物多様性の重要な構成要素であり、個体数変動の安定性や変動環境への適応可能性を規定する。近年、種内の遺伝的多様性は、種の多様性よりもはるかに速いスピードで失われており、その有効な保全は生物多様性条約の愛知目標にも明記されている(目標13)。 鳥の渡りや魚類の回遊など、多くの動物は、繁殖場所と成長場所の間を「移住」する生活史を有する。移住をする種にはよく、種内多型(partial migration=移住をする個体としない個体が存在)がみられ、その多型維持は、互いの個体数減少を補うことで、種の存続可能性を高める(Schindler et al. 2010 Nature)。今日、地球規模で進む生息地の分断は、多くの動物の移住を妨げ、種の存続にとって重要な多型維持を困難にしている。しかし、移住の遺伝基盤は多くの生物で未解明であり、「移住」という性質が集団レベルで失われている実態は明らかでない(ただし、Pearse et al. 2019 Nat Ecol Evol)。 現在、世界中の河川流域において、ダムや堰堤等によって河川と海洋が分断され、水生生物の種や種内の多様性消失が進行している(Nilsson et al. 2005 Science)。特に、河川のシンボル生物であるサケ科魚類では、主な成長を海洋で行い、産卵のために母川回帰する 「降海型」が急速に減少し (水産庁 1998)、河川で一生を過ごす 「河川残留型」の個体数割合が増大している。この状態が続くと、河川残留型が減少した際に、降海型が個体数減少を補償するプロセスが機能せず、絶滅リスクが高まる(Tachiki & Koizumi 2015)。 申請者らは、降海型が急速に減少する究極的なプロセスとして、遡上阻害物が降海型を生み出す遺伝子を集団から排除するシステムを創り出しているという仮説を立てた。すなわち、降海型になりやすい遺伝子をもって降海した個体は、遡上阻害物のために母川に遡上して子供を残せず、その遺伝子が次世代に伝わらない。これが繰り返されると、降海型を生み出す遺伝子は集団から急速に消失する。 本研究は、種内の移住多型であるサツキマス(降海型)とアマゴ(河川残留型)を対象として、徹底的なフィールド調査と最新のゲノム解析を融合するアプローチで、「生息地分断に起因する移住関連DNA変異の消失の実態を解明する」ことを目的とする。 2. 研究内容 (実験、結果と考察) 和歌山県有田川流域で得られた、アマゴ (河川で一生を過ごす生活史を選んだ個体)とサツキマス(実際には、スモルト化個体:降海する生活史を選んでその準備を開始した個体)のサンプルから(写真)、塩基配列多型分析 (RAD-seq)を行い、サツキマス (降海型)とアマゴ(残留型)に関連するDNA変異をゲノムワイドに探索した。その結果、両生活史タイプに強く関与する一塩基多型を発見することができた(図1)。 この一塩基多型の遺伝子型を調べたところ、有田川流域において、残留型はほとんどすべての個体がCC型のホモであったのに対して、降海型の多くはCA型のヘテロであった (表1)。ただし、現在有田川流域では降海型−194−発表番号 93 〔中間発表〕

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