2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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のサツキマスが激減しており、本研究で使用した研究試料はすべて、降海型として海洋へいく準備をしているスモルト化個体であった。また、そのサンプル数 (n = 10)も十分なものではなかった。 そこで、有田川流域で発見された一塩基多型が、他の流域のアマゴ・サツキマスの降海多型にも関与しているかを調べるために、当該一塩基多型を含むゲノム領域の塩基配列を決定するプライマーを設計した。分析試料としては、サツキマスが今なお多く生息する岐阜県長良川流域の漁業関係者より、31個体のサツキマス試料を得た。また、長良川上流の複数の河川から、河川残留型のアマゴのサンプルを得た (> 100個体)。作成したプライマーを用いて、長良川流域のアマゴ・サツキマスについて予備的解析を行った。その結果、長良川流域において、当該一塩基多型の遺伝子型のパターンは、有田川流域で確認されたパターンと一致していた(表1)。 降海多型に関与するゲノム領域の特定を進める一方、本プロジェクトの仮説を検証するためには、遡上阻害物上流における降海に関連するDNA変異の消失について評価する必要がある。現在、日本の多くの河川流域では、アマゴの放流事業が広く行われているため、上記の仮説を真に検証するためには、過去の放流履歴がなく、遡上障害物による生息地分断の影響を受けた野外集団を特定する必要がある。これに関して、他プロジェクトとも連動して、有田川流域の150本を超える河川での調査を終えて、課題の検証に妥当な複数の野外集団を特定した。また、長良川においても、遡上阻害物による分断化の程度が異なる河川での予備的サンプルを得た。 3. 今後の展開(計画等があれば) 現在までに、アマゴ・サツキマスに関与する一塩基多型を発見し、遺伝子型決定のためのプライマーを作成した。しかし、このアプローチには2つの課題が残されている。1)発見した一塩基多型の遺伝領域近傍に、より強くアマゴ・サツキマスに関与する遺伝的多型が存在するかもしれない;2)現在作成したプライマーを、多検体の遺伝子型を簡便に作成するシステムを確立する必要がある(現時点では、すべての個体で作成したプライマーに基づくPCR産物をシーケンスする必要があり、ランニングコストが大きい。 そこで、(1)については、発見した一塩基多型が位置するゲノム領域近傍をより詳細に解析する。(2)については、注目する遺伝領域にプローブを作成し、リアルタイムPCR装置を用いて解析する、多検体スクリーニングシステムの開発を予定している。 一方、この手法で得られるゲノム解析結果の信頼度をより強固なものにするために、有田川流域と長良川流域では、より多検体のサツキマス試料を得る予定である。また、他の流域でも同様のサンプルを得ることができれば結果の一般性をさらに高めることができる。これに関して、太田川(広島県)の釣りグループと、DNA試料の提供に関する連携を確立し、すでに20個体分のサツキマスDNA試料を得た。2020年の秋には、太田川流域の上流部において、河川残留型のアマゴのDNA試料も得て、分析に供する予定である。 4. 参考文献 Nilsson et al. (2005) Fragmentation and flow regulation of the world's large river systems. Science, 308, 405-408. Pearse et al. (2019) Sex-dependent dominance maintains migration supergene in rainbow trout. Nature ecology & evolution, 3, 1731-1742. Tachiki, Y. & Koizumi, I. (2016) Absolute versus relative assessments of individual status in status-dependent strategies in stochastic environments. The American Naturalist, 188, 113-123. Schindler et al. (2010) Population diversity and the portfolio effect in an exploited species. Nature, 465, 609-612. 5. 連絡先 〒657-8501 兵庫県神戸市灘区六甲台町1-1 神戸大学大学院理学研究科 e-mail: tsato@people.kobe-u.ac.jp Tel&Fax: 078-803-5707 −195−

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