2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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受容体タンパク質に結合して恐怖行動を誘導することを明らかにした(文献2)。TFO-TRPA1の組み合わせは、強力な先天的恐怖行動を誘発できる匂い分子-受容体遺伝子の初めての組み合わせであり、先天的恐怖情動を解明する強力な実験系となる。 2-メチル-2-チアゾリン(2MT)などのtFOは、他の既知の感覚刺激と比較して、マウスに最も強力な先天的恐怖行動を誘導できる、ユニークな超正常刺激として機能する。従って、tFOを利用することで、これまでの実験モデルでは発見できなかった未知の生物学的現象が発見できる可能性が期待された。実際に、本研究ではtFOs刺激が危機状態での生命保護作用を高める多様で強力な生理応答を統合誘導することを発見することに成功した。匂い分子はヒトに対しても心理的な影響を与えることは経験的に知られており、香料や香水などとして日常的に利用されている。しかし、正にその匂い分子が生死を決するような極めて強力な生命保護作用を誘導できるということはこれまでに予想することは困難であった。本発見により、先天的恐怖情動は潜在的な生命保護作用の誘導に繋がるという新たな生物学原理が発見され、さらに、この保護作用はtFO刺激により容易に誘導できることが実証された。 低体温療法は心肺停止後の脳を保護する効果を持つ。先天的恐怖は、生命を脅かす状況におおいて生存確率を上昇させる保護効果を統合発揮するように進化してきたと考えられる。そうであれば、強い恐怖感知は低体温・低代謝を基調とする特殊な生命保護代謝を誘発する可能性があるが、そのような現象とその誘発因子はまだ解明されていない。本研究では、TRPA1アゴニストであるチアゾリン関連恐怖臭(tFO)が、冬眠に似た全身性低体温・低代謝を誘導し、脳内のグルコース取り込みを促進し、ピルビン酸脱水素酵素のリン酸化を介した好気性代謝を抑制することで、致死的な低酸素環境下での長期生存を可能にするという新たな現象を発見した。 冬眠状態では免疫機能の全般が抑制される。TFO刺激はこれとは対照的に自然免疫機能を担う免疫細胞の血液中の数を大幅に増加させた。通常、自然免疫細胞の増加は炎症の増悪に繋がる。しかし、tFO刺激は強力な抗炎症作用を誘導することが明らかになった。TFO刺激は、自然免疫の強化と抗炎症作用の同時誘導を基盤とする危機応答免疫状態を誘導することが明らかになった。これら危機応答の統合により、皮膚および脳の虚血・再灌流障害モデルにおいて強力な治療効果が発揮された。さらに、全脳マッピングと薬理遺伝学による活性化により、tFOの感覚刺激情報は脳幹Sp5/NSTから中脳PBN経路へ接続する中枢生命保護経路により生命保護作用を誘導することが明らかになった。以上の結果から、tFOによって誘発された強い危機知覚は、低体温、低代謝、危機免疫を特徴とする危機対応モードに全身の状態を移行させ、潜在的な生命保護効果を最大化させるという、新たな生命現象が解明された(文献3、投稿中)。本研究成果は、先天的恐怖情動と生命保護作用の間にある未知の関連を解明し、潜在的な生命保護能力を誘導する革新的な医療技術の開発に繋がる。 3. 今後の展開 免疫機能全般が抑制される冬眠状態とは対照的に、tFO刺激は、抗低酸素能力に加え、自然免疫の強化と抗炎症作用の同時誘導を基盤とする危機応答免疫状態を誘導した。これら危機応答の統合により、皮膚および脳の虚血・再灌流障害モデルにおいて強力な治療効果が発揮された。さらに、全脳マッピングと薬理遺伝学により、tFOの感覚刺激情報は脳幹Sp5/NSTから中脳PBN経路へ接続する経路により生命保護作用を誘導することが明らかになった。TFOによって誘発された強い危機知覚は、低体温、低代謝、危機免疫を特徴とする危機対応モードに代謝を移行させ、潜在的な生命保護効果を最大化させる。本発見は革新的医療に応用できる。 4. 参考文献 1) Isosaka et al., Cell 163, 1153-1164, 2015 2) Wang et al., Nat Comm. 9(1), 2041, 2018 3) Matsuo et al., bioRxiv 10.1101/2020.05.17.100933, 2020 5. 連絡先 e-mail: kobayakk@hirakata.kmu.ac.jp −15−

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