2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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クロマチン折り畳み構造制御によるDNA 複製制御とエピゲノム解析への応用 東京大学大学院工学系研究科 准教授 小穴 英廣 1. 研究の目的と背景 エピゲノムとは、DNA塩基配列の変化を伴わない後天的な作用(DNAやヒストンの化学修飾)を含んだゲノム情報のことである。この後天的な作用によって、ヒトの場合、約2万あるといわれている遺伝子の内の一部だけが働くように調整され、特定の機能を持った約200種類の細胞へと分化している。エピゲノム情報(即ち、どの遺伝子が読み出されるかに係わる、DNAやヒストンの化学修飾のパターンの情報)は、細胞の分化/初期化やがん化と密接に関わっていることが知られている。現在、化学修飾を受けたDNAやヒストンのゲノムDNA上での分布情報を取得する一般的な手法においては、試料細胞から取り出したゲノムDNAを数百bp程度以下の長さに断片化してからそれらの塩基配列を読み取ることで達成されている。従って、元の長さが数十Mb以上にも及ぶゲノムDNAにおいて顕在化するDNAの凝縮/脱凝縮(転写を行うRNAポリメラーゼのアクセシビリティに関わる重要なエピジェネティック情報のひとつ)部分の分布や、そのダイナミックな変化についての情報を得ることは、原理的に困難となっている。つまり、細胞内のゲノムDNAが本来持っている高次の折り畳み構造に関する情報取得が可能なエピジェネティクス解析法は、まだ発展段階にあり、化学修飾と高次構造との相関については、十分理解されていないのが現状である。 これまでに我々の研究グループでは、「顕微鏡下・その場」で個々の細胞から断片化を抑えてクロマチンを取り出し、溶液条件を変化させてクロマチンを解きほぐし、クロマチンファイバーに沿った凝縮/脱凝縮部分の分布を調べるという、1細胞・1分子レベル生化学実験技術を構築してきている[1]。ここで、この凝縮部分(高次構造維持領域)と、脱凝縮部分(タンパク質が結合していないDNA鎖露出領域)とが、1本のクロマチンファイバー上に共存している試料に対して、DNA増幅反応および増幅産物の塩基配列解析を行うことができれば、クロマチン高次構造の安定性分布情報を高分解能で獲得(即ちエピゲノム解析)できることとなる。そこで本研究においては、2重らせん構造開裂とDNA複製とを単独で行えるDNAポリメラーゼを用いたクロマチン上におけるDNA増幅の過程を、蛍光顕微鏡法を用いた単分子レベル・ リアルタイム観察により調べることを通じ、エピゲノムの俯瞰的情報を蛍光顕微鏡観察により獲得するというエピゲノム解析技術開発を目的とした。 2. 研究内容 2-1. 実験 マウス胎児繊維芽細胞(MEF)を細胞試料として用い、2重らせん構造開裂とDNA複製とを単独で行えるDNAポリメラーゼとして、phi29 DNAポリメラーゼを用いた。このphi29 DNAポリメラーゼによるDNA増幅は、キアゲン社のREPLI-g Mini Kitをベースに行い、細胞から取り出した染色体/クロマチン上における増幅産物の確認は、増幅反応溶液にAlexa Fluor 568-5-dUTP(蛍光ラベルdUTP)を添加することで行った。DNA増幅に用いるプライマーとしては、ランダムプライマー(hexamer)とテロメア配列と相補的なプライマー(39 mer)とを用い、増幅反応の効率・局在性について比較を行った。 個々の細胞からの染色体/クロマチン単離・DNA増幅過程観察実験は、図1に示すマイクロ流体デバイスを倒立型の蛍光顕微鏡に設置して行った。このマイクロ流体デバイスの主流路側壁には台形形状の微小反応場(マイクロポケット)が設けてあり、この中で細胞からの染色体/クロマチン取り出し及びDNA増幅過程観察実験を行うという仕様になっている。 図1. 上図:マイクロ流体デバイス概略図。 下図:マイクロポケット部分の拡大図。 −16−発表番号 8〔中間発表〕

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