2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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が確認された(図3(a))。このことはプローブが試料を走査する間に振幅が一定に保たれていることを意味する。次に、Rhodamine Bが存在する円形領域において、試料量の増加に伴い分子イオン強度が増加した(図3(b),(c))。以上の結果より、本研究で開発した技術を導入したt-SPESIにより、計測の安定化が実現し、形状情報と化学情報を同時計測が可能となった。 (3) 生体組織のための計測・解析システム 生体組織のための計測技術の開発として、第一に、プローブの走査と質量分析装置の計測タイミングを同期するためのシステムを開発し、設定された領域を自動計測できるようにした。計測では、X方向へのライン走査を、複数回Y方向に移動しながら行う。第二に、複数の計測データを一つのファイルに統合するためのプログラム開発を行った。データ数が多くなるため、並列処理を行い、処理時間を短縮できるようにした。第三に、統合された多次元データから、特定のイオン種の強度分布を画像化するための表示・解析プログラムを開発した。特定の質量電荷比のイオン強度の可視化と画像出力、特定の試料位置の質量スペクトルの表示、Region of Interestの質量スペクトルの積算処理などを行うことが出来る。 (4) 生体組織の質量分析イメージング 拡張型心筋症は心不全に至る難病であるが、その発病の機構は不明で、心臓移植以外に根治の方法はない。本疾患の発症原理や病態の解明に繋がる、心臓組織内の化学状態の局所的な変調を捉えることを目指して、大阪大学医学研究科坂田教授との共同研究を開始した。 所属機関の研究倫理の承認(大阪大学倫理審査委員会10081-16)を得て、心臓移植を受けた拡張型心筋症患者から採取された新鮮凍結組織を、厚さ100 µmに切片化した。DMFとエタノール(1:1)の混合液にギ酸0.1%を加えた溶媒を使用し、正イオンモードでの計測を行った。 質量分析イメージングの結果を図4(a)に示す。三種類の脂質信号の強度分布をRGBカラー化し、オーバーレイ表示した。広域に分布する脂質(青領域)や局在性脂質(赤・緑領域)が確認された。局在性脂質が存在する領域の質量スペクトル(図4(b))は、m/z 850〜1050の範囲で強いイオン信号が認められた。データベースとの比較から、これらのイオンは中性脂肪であるトリアシルグリセロール(TG)に対応すると推定された。次に、各ピクセルの多次元スペクトル情報の主成分分析を行い、その固有ベクトルから得られるスコア量を画像化したところ、局在性脂質の分布を高コントラストで可視化できること(図4(c))、また、局在性脂質の共同分布のわずかな差異を高コントラストで可視化できることも見いだした(図4(d))。 TGはエネルギーの蓄積の役割を担うが、その蓄積は疾患にも関連すると考えられている。一方で、TGの化学構造が中性であり、イオン化がしにくいため、生体組織中の分布を捉える計測技術が求められている。本結果は、t-SPESIが局在性脂質の化学情報分布の研究に有効であることを示唆し、今後は脂質の蓄積と疾患の関係性を検討する予定である。 3. 今後の展開 本研究で開発した技術は、バイオメディカル分野への適用を進めていく。一方で、ナノリットルの液体にどのように試料成分が溶解し、どのように気相イオンへ変換されていくのか?という根本的な問いは、十分に理解されていない。微小液体中の分子の分布や化学反応を理解できるようになると、高効率の抽出・イオン化技術の実現だけでなく、微小液体中の化学状態を捉える計測技術として、他分野への展開も可能になると考えられる。 4. 連絡先: otsuka@chem.sci.osaka-u.ac.jp 図3 表面形状と化学分布情報の同時計測の結果 図4 心臓組織の質量分析イメージングと特徴量画像 −19−

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