2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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存在しなかった。エネルギー移動の効率が飛躍的に向上すれば、その励起状態寿命を延ばすことができ、結果的にフォトンアップコンバージョン全体の効率向上に有利に働くことが期待される。本研究では、TTAの効率化という目標とともに、環状トポロジーがエネルギー移動に与える影響を明らかとし、高効率TTA分子を提供したいと考えた。 これまでの研究で、多くのヘキサアリールベンゼン誘導体において、カチオンやアニオン等の電荷、特異な電子状態の非局在化が認められ、励起状態の長寿命化なども報告されている。このような特異な相互作用は一般にトロイダル相互作用と呼ばれ、ヘキサアリールベンゼンのアリール置換基間のπ相互作用があたかもドーナツ状に連動して引き起こされると説明されている。このような特徴的な物性は分子ワイヤーの設計などにおいても重要となっており、多数の類縁体の合成などが精力的に研究されてきた。しかしながら、既存の研究は主として酸化還元を基軸としたものが多く、またその静的な構造に着目したものにとどまっていた。 本研究の目的は、TTAの基盤骨格として特異なトロイダル相互作用を示すヘキサアリールベンゼンに着目し、プロペラの羽根に相応する部分に三重項エネルギー補足部位を導入した誘導体を合成し、連続したエネルギー移動(エネルギーホッピング)を組み合わせた機能設計により、TTA型アップコンバージョンの高効率化を実証・実現することである。具体的には、まず、9,10-ジフェニルアントラセン骨格を導入した誘導体を設計・検討し、次いでフェニレンを導入した誘導体を検討した。 当初、6つのジフェニルアントラセンをHAB骨格に直接導入することを検討したが、段階的にジフェニルアントラセンが導入された複雑な混合物となり、目的化合物を単離精製するには至らなかった。種々の検討の結果、最終的に、遷移金属を用いる三量化反応を用いた合成法を確立するに至った。質量分析等により目的化合物が主生成物として生じていることは確認されたが、難溶性であったため精製が困難という結果になり、詳細な検討には至らなかった。ついで、溶解度向上のため末端のベンゼン環にヘキシル基を導入した誘導体の合成を検討した。この化合物は未置換ジフェニルアントラセン誘導体より溶解度の向上が見られた。しかしながら微量の不純物があり、逆相HPLCではやはり溶解度が問題となり、順相HPLCでは保持がほとんどなされないことから、完全な精製を達成することができなかった。また、比較的純度の高い生成物の構造分析が思いのほか難航し、NMR測定においては溶解度が低いためなのか帰属不明な複雑なスペクトルが得られる結果となってしまった。なお、部分的に生成したサンプルにおける初期的な検討により、期待通り高い(10倍程度)アップコンバージョン効率が観測された。また、フェニレンを用いたヘキサアリールベンゼンにおいても良好なアップコンバージョンが観測できた。 3. 今後の展開(計画等があれば) これまでの研究で、ヘキサアリールベンゼンが環状トポロジーを有することで効果的なエネルギー移動を示し、TTA型のアップコンバージョンの効率化にも有効であることが実証できた。学会等での報告は行ったが、論文として成果発表を行うため、一連の化合物の詳細な物性データを収集する予定である。 今後の課題としては、さらに異なるアリール基を導入してTTA効率を検討すること、土台分子であるベンゼンを異なるサイズの環状化合物とし、相互作用の調節を行うことでアリール基間の相互作用とTTA効率との相関を精査すること、さらには外部刺激によりトロイダル相互作用を調節することでTTA制御を行うことが検討項目となる。精査、検証をすすめ、将来的にさらに高効率TTA系の構築、並びにTTA効率の調節可能な新規エネルギー捕集系の構築への指針を得たい。また、単分子においてアップコンバージョンの効率を上げることの実証がなされれば、さらに戦略的な分子設計をおこない、高効率アップコンバージョン分子の開発指針を得、その効率の飛躍的な進展を進め、アップコンバージョン型円偏光発光素子の開発などへと順次展開していきたい。 4. 参考文献 1. H. Tanaka, Y. Inoue, T. Mori, ChemPhotoChem 22001188, 2, 386-402. 2. T. Mori, Y. Inoue, Kokagaku 22001188, 49, 163-166. 3. T. Kosaka, S. Iwai, G. Fukuhara, Y. Imai, T. Mori, Chem. Eur. J. 22001199, 25, 2011-2018. 4. T. Kosaka, S. Iwai, Y. Inoue, T. Moriuchi, T. Mori, J. Phys. Chem. A 22001188, 122, 7455-7463. 5. M. Toyoda, Y. Imai, T. Mori, J. Phys. Chem. Lett. 22001177, 8, 42-48. 6. T. Kosaka, Y. Inoue, T. Mori, J. Phys. Chem. Lett. 22001166, 7, 783-788. 5. 連絡先 e-mail: tmori@chem.eng.osaka-u.ac.jp−21−

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