2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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得られたcalyculin A生合成遺伝子クラスターをもとに,詳細な生合成経路の解析を進めた結果,遺伝子クラスター上流にコードされるリン酸基転移酵素CalQがcalyculin Aにリン酸基を付与し, phosphocalyculin Aを生成することを明らかにした.Phosphocalyculin Aの細胞毒性はcalyculin Aよりも約1,000倍低下しており,calyculin Aのprotoxin体であることが示唆された.そこで,本研究ではphosphocalyculin Aからcalyculin Aへの変換を担う脱リン酸化酵素の同定を試みた. 2. 研究内容 Spongistatin 1の海綿中の含有量は極めて僅かであるため,spongistatin生合成遺伝子の探索は困難なことが予想された.Spongistatinの構造にはβ-branch構造やピラン環が含まれることから,calyculin Aと同様にtrans-AT PKSによって生合成されることが予想できる.まず初めに,海綿に含まれる細胞を分画することを目的に,海綿破砕液を段階的に遠心分離に供し,これによって得られたHyrtios altumの細胞画分を用いて,spongistatinの生産菌叢の絞り込みを行った.各画分をテンプレートにPCRスクリーニングを行った結果,β-branchの生合成に関わるKSドメイン特異的プライマーを用いた場合にのみ遺伝子断片の増幅が見られた.そのため,ライブラリーのスクリーニングにはβ-branchをターゲットとしたプライマーを用いることにした.また,20,000 x gの分離画分のみにて増幅断片が得られたことから,spongistatin 生合成遺伝子は20,000 x gの遠心にて得られる比較的小さい微生物に由来すると考えられる. 次にH. altumよりメタゲノムDNAを抽出し,H. altumメタゲノムライブラリーを作製し,3D-gel法によりゲノムスクリーニングを行った.その結果、2つの画分にて遺伝子断片の増幅が見られた.それぞれの画分に対し,さらにPCRスクリーニングを行い,コロニーPCRの結果から増幅が見られた単一コロニーからフォスミドDNAを抽出した.現在挿入配列のシークエンス解析を行っている. また,沖縄産T. swinhoeiに含まれる環状デプシペプチドtheonellapeptolideに関しても同様の手法を用いて生合成遺伝子クラスターの探索を進めており,すでに構成アミノ酸の一種であるβ-アラニンを認識するペプチド合成酵素の断片配列を取得している.そこで同様の代謝産物を有するインドネシア産海綿を用いてメタゲノムライブラリーの作製を試み,theonellapeptolide生合成遺伝子クラスターの取得を目指した.インドネシア産T. swinhoeiに含まれる環状デプシペプチドtheonellapeptolideの生合成遺伝子の探索を行った.海綿メタゲノムライブラリーを作製し,β-alanineに特異的なA domainに対するプライマーを用いてスクリーニングを行った結果,2つの陽性クローンを得た.現在得られたクローンの挿入配列についてシークエンス解析を行っている. Calyculin生合成経路の解析においては,海綿粗酵素液からの酵素精製を試みた.海綿粗酵素液は海綿D. calyxをTrisバッファーで抽出し,超遠心によって膜画分を除去し,可溶性画分を得た.ゲル濾過,陰イオン交換カラム,陽イオン交換カラム,アフィニティカラム,等電点電気泳動等の分画方法を検討した.その結果,主要な脱リン酸化活性画分は陽イオン交換樹脂に保持されることがわかった.この知見より,目的とするphosphocalyculin脱リン酸化酵素は塩基性タンパク質であることが予想された.さらに陽イオン交換カラムで溶出した活性画分をPhenyl Sepharoseカラムにより分離し,得られた活性画分をSephacryl S200によりゲル濾過に付した.最終的にMono Sを用いた陽イオン交換カラムクロマトグラフィーによって活性画分を得た.SDS-PAGEの結果,活性画分には分子量約43 kDaのタンパク質が含まれることがわかった. 上記の検討をもとに,再度calyculin生合成遺伝子クラスターにコードされる修飾酵素群に着目すると,海綿粗酵素液から分画したphosphocalyculin脱リン酸化酵素の性状はCalLと非常に類似していることがわかった.そこでSDS-PAGEの該当するバンドを切り出し,trypsin消化後,ペプチド断片のLC-MS/MS解析を行った.その結果,活性画分の約43 kDaの主要なバンドからCalLと同一のアミノ酸配列が確認できた.したがって,phosphocalyculin脱リン酸化酵素はCalLであると結論づけた. 3. 今後の展開 引き続きspongistatin 及びtheonellapeptolideの生合成遺伝子クラスター全体の取得を目指す. Calyculin Aの生産に関わるphosphocalyculin 脱リン酸化酵素は海綿組織の損傷に活性化される。今後引き続き,物理的障害から酵素反応へ至る情報伝達機構の解明を目指す. 4. 参考文献 A. R. Uria, J. Piel, T. Wakimoto, Methods in Enzymology 604, 287-330 (2018) 5. 連絡先 北海道大学大学院薬学研究院天然物化学研究室 〒060-0812 札幌市北区北12条西6丁目 wakimoto@pharm.hokudai.ac.jp −47−

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