2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
56/206

ダダイイレレククトトリリププロロググララミミンンググにによよるる嗅嗅覚覚神神経経細細胞胞をを用用いいたたババイイオオセセンンササーーのの開開発発 東京大学大学院薬学系研究科 特任准教授 竹内 春樹 1. 研究の目的と背景 匂い物質を含めた化学物質の計測法の開発は、人の五感に対するものの中で最も遅れている。これは、視覚、聴覚、触覚が主として光、音、圧力などの物理量を対象とするのに対し、嗅覚は化学感覚であるため対象となる化学物質の種類が無限であり、しばしばその濃度が低いことが機械による計測を困難にしている主な理由である。また嗅覚は人間にとって非常に曖味な感覚であり、数値化が難しいのも理由の一つである。こうした理由から、匂いを計測器により正確に検出することは困難であり、熟練者の評価に頼らざるを得ないのが現状である。 我々ヒトのゲノムには全遺伝子の1%強にも相当する約400個もの匂い受容の遺伝子(嗅覚受容体遺伝子)が存在し、理論的には約1兆種類もの匂い分子を識別することができるといわれている(1)。ヒトの嗅覚は、既存のどの匂い計測器よりも優れた検出感度と識別能を持っており、ヒトを用いた匂いの評価法は極めて理にかなっていると言える。しかし、ヒトによる評価は極めて主観的で、評価者の身体・精神状態などにも左右される。従って、よりばらつきのない客観的な化学物質の評価技術の確立は、産業、医療などの多方面において強く望まれている。 匂いの知覚は、匂い分子が鼻腔奥に存在する嗅覚受容体に結合することによって生じる(2)。これまでに嗅覚受容体のもつ多様性と匂い物質に対する高い特異性に目をつけ、嗅覚受容体を用いたバイオセンサーの開発を試みた研究は多数存在する(3)。ところがそれらの研究の殆どは、人工膜や培養細胞などに嗅覚受容体を異所的に発現させる方法が採られていたため、嗅覚受容体が適切なフォールディングを取れず、機能的なタンパク質が発現しないことが大きな問題となっていた。 近年、発生工学の目覚しい進展により、幹細胞や線維芽細胞に複数の遺伝子を導入することで、in vitroで目的の細胞を選択的に作出する(ダイレクトリプログラミング)方法が報告されてきている(4)。本研究では、この方法を用いてヒト由来の細胞を嗅覚神経細胞へとリプログラミングさせ、機能的な嗅覚受容体を発現する細胞をin vitroで作出することを試みた。 2. 研究内容 (実験、結果と考察) 線維芽細胞に転写因子を強制発現することによる神経細胞へのリプログラミングが確認されて以降、近年ではドーパミン神経やセロトニン神経、末梢の感覚神経など神経細胞の特定のサブタイプへと選択的に分化させる手法が次々と報告されている(5,6,7)。この方法に習い、ヒト由来の線維芽細胞にレンチウイルスを用いて複数の転写因子を同時に導入することで嗅細胞を作出することを目指した。 これまでの分化誘導実験から、マウスで得られた知見はそのままヒト由来の細胞に応用できることが多い。従ってまず我々は、操作が簡便なマウスを用いて、線維芽細胞から嗅覚神経細胞へとリプログラミングさせる方法の確立を目指した(図1)。発生過程の複数のタイミングで嗅覚神経細胞が存在する嗅上皮に対してマイクロアレイ、そして一度に大多数の単一細胞の遺伝子発現プロファイルを明らかにすることが出来る大規模単一細胞RNA-seqを実施して、発生段階を追って嗅覚神経細胞にどのような転写因子が発現しているのかを明らかにした。その後、これらの発現プロファイルを参考に、in situ hybridizationによる検証を行 図1実験概要図 線維芽細胞にレンチウイルスを用いて複数の転写因子を遺伝子導入し、嗅覚神経細胞への分化誘導を試みる。 −50−発表番号 25〔中間発表〕

元のページ  ../index.html#56

このブックを見る