2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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った後、嗅細胞への分化誘導に必要と思われる転写因子の候補を約20種類に絞り込んだ。次に、線維芽細胞を樹立する際に、以下のような遺伝子改変動物を作出した。まず嗅覚神経細胞特異的プロモーターの下流に組換え酵素Cre recombinaseを発現させた変異マウスとCre recombinase依存的に蛍光カルシウムインディケーターであるGCAMP6fが発現する変異マウスをかけあわせ、嗅覚神経細胞特異的にGCAMP6fが発現する変異マウスを作製した。これによりin vitroで嗅覚神経細胞へと分化した細胞はGCAMP6fに由来する蛍光タンパク質を発現することになり、顕微鏡下での観察及びその後のリガンド応答アッセイが可能になる。そのマウスを更にテトラサイクリン依存性転写調節因子(rtTA)を発現するノックインマウスと掛け合わせ、候補となる転写因子の発現をテトラサイクリン依存的に一括して制御できるようにした。この変異マウスを用いて、胎生14日目の胎児から線維芽細胞を樹立した。作製した線維芽細胞に、候補となる転写因子を一つずつレンチウイルスを用いて遺伝子導入した。しかしながら、嗅覚神経細胞への分化を示唆するGCAMP6f由来の蛍光は観察されなかった。さらに、神経細胞へと分化誘導できる転写因子Brn2, Ascl1, Myt1lの3つに加えて、嗅細胞の成熟に重要であると考えられているORを強制発現させたみたものの、神経細胞のマーカーであるTUJ1の発現は確認されたが、GCAMP6fの発現、及び嗅細胞のマーカーであるolfactory marker proteinの発現は確認できなかった(図2)。 現在、候補となる転写因子を複数同時に遺伝子導入する実験を行い、どの遺伝子の組み合わせが嗅細胞への分化誘導に必要であるかを絞り込んでいる。今後、分化誘導に必要な転写因子のセットを明らかに出来次第、ヒト細胞へと応用していく予定である。 3. 今後の展開(計画等があれば) 本研究では、線維芽細胞から嗅覚神経細胞へのダイレクトプログラミングを試みたが、思うような結果は得られていない。嗅覚組織には線維芽細胞と比較した場合に、嗅覚神経細胞に細胞系譜がより近いolfactory stem cellという幹細胞が存在する。この細胞についてはin vitroでの培養系が確立されていることから、今後は線維芽細胞に加えてこの細胞もターゲットにして分化誘導を試みることも一案として考えられる。 ヒト由来の嗅覚神経細胞を樹立することは、本申請課題で提案したバイオセンサーの開発に留まらない。嗅覚受容体遺伝子の種類は動物種によりレパートリーが大きく異なっていること、そしてin vitroの再構成系が存在しないことから、ヒト嗅覚受容体の殆どはリガンドが同定されていないオーファン受容体である。従って、もしヒト由来の嗅覚神経細胞を作出しin vitroのリガンドアッセイ系が確立できた暁には、ヒトの匂い受容のメカニズムの理解という基礎科学の面においても多大なる貢献をもたらすことができる。 4. 参考文献 (1) Keller A et al. Nature 449999, 468-472 (2007). (2) Buck L. and Axel R. Cell 6655, 175-187 (1991) (3) Saito H et al., Cell 111199, 679-91 (2004) (4) Vierbuchen T et al. Nature 446633, 1035-41 (2010) (5) Pfisterer U et al., PNAS 110088, 10343-348 (2011) (6) Xu Z et al., Mol. Psych 2211, 62-70 (2016) (7) Blanchard JW et al., Nat. Neurosci 1188, 25-35 (2015) 5. 連絡先 〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1 東京大学大学院薬学系研究科 Tell:03-5841-4784 Email:haruki-t@mol.f.u-tokyo.ac.jp 図2 マウス線維芽細胞への転写因子強制発現による神経細胞へのダイレクトリプログラミング 神経細胞マーカーであるTUJ1(緑)およびDAPI(青)の免疫染色像。 −51−

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