2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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自閉症に高頻度に認めるPOGZ遺伝子変異に注目した自己と他者との 社会的相互作用制御の分子基盤解明 東京農業大学生命科学部バイオサイエンス学科 教授 中澤 敬信 1. 研究の目的と背景 自閉症は社会的相互作用やコミュニケーションの障害を主な症状とする神経発達障害です。病因や病態の分子メカニズムは不明な点が多く、未だ治療薬は存在しません。そのため、自閉症の分子メカニズムの解明と創薬が求められています。これまで遺伝性の自閉症患者の遺伝子解析が精力的に行われ、転写因子やシナプス関連分子群が自閉症のリスク因子として同定されてきました。しかし、自閉症患者の多くに孤発症例が見られることから新たなアプローチによる原因解明も必要とされています。我々は、健常者両親には存在せず患者に生じる突然変異(de novo変異)は、研究が進んでいる遺伝性の変異とは違い、選択圧を受けておらず、自閉症の発症に大きく寄与すると考え、臨床医との共同研究にて、日本人としては初の自閉症患者のトリオ解析を実施し、POGZ遺伝子の自閉症と関連する変異(Q1042R変異)を独自に見いだしました(Hashimoto*, Nakazawa* et al., J. Hum. Genet., 2016)。現在までに40家系以上にPOGZの変異が同定されており、「変異数が最も多い遺伝子」として注目され、POGZと自閉症との関連性の解明によって、自閉症発症の分子メカニズムの一端を明らかにできることが期待されます。これまでに我々は、数多くの変異がPOGZに同定されるより前からPOGZの研究を行ってきました。その結果、de novo変異によるPOGZのDNA結合能の低下が、神経発達の異常に繋がるという、de novo変異の生物学的意義を初めて報告しました(Matsumura, Nakazawa* et al., J. Mol. Psychiatry, 2016)。POGZと自閉症との関連性をさらに追究し、自己と他者との社会的相互作用制御の分子基盤の一端を明らかにするためには、マウス個体レベルの解析や患者の活動する神経細胞を用いた研究が重要であると考え、本研究を立案しました。 2. 研究内容 (実験、結果と考察) 1) POGZの神経発達における機能解析 神経細胞の発達過程におけるPOGZの機能を解明することを目的として、遺伝子ノックダウン法を用いて、POGZの脳内での発現量を低下させる実験を実施しました。胚 齢14日のマウス胚において、POGZ遺伝子の発現量を下げることによって、その機能を低下させたところ、神経細胞が発達しつつ、大脳皮質の表層に移動する過程が阻 害されることが明らかになりました(図1)。 図1 POGZの機能低下による神経幹細胞の分化異常 2) 自閉症患者由来のiPS細胞を用いたPOGZの解析 我々は自閉症患者からPOGZの1042番目のアミノ酸部位のグルタミンがアルギニンに置換している突然変異(Q1042R変異)を既に同定しています。また、実際の患者由来の神経細胞を用いた研究を実施することを目的として、POGZのQ1042R変異を持つ日本人の患者の血液系細胞を用いて人工多能性幹細胞(iPS細胞)を樹立しました。樹立した患者由来のiPS細胞を神経幹細胞および神経細胞に分化させたところ、健常者(両親)由来の細胞に比べて、患者(子ども)由来の神経幹細胞は神経細胞へ分化する能力が低いことが分かりました(図2)。この結果は、POGZの突然変異により、実際の患者神経細胞の発達に異常が生じうることを示しており、患者の脳内でも神経細胞の発達に遅れが見られることを示唆するものです。 図2 POGZに変異を持つ患者iPS神経幹細胞の分化異常 −60−発表番号 30〔中間発表〕

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