2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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3) POGZのde novo変異導入マウスの行動解析および神経回路機能解析 POGZの突然変異による神経細胞の発達異常が個体の脳機能へ与える影響を調べることを目的として、患者と同様のQ1042R変異をPOGZに導入したヒト型疾患モデルマウス(POGZ点変異マウス)を作出しました。POGZ点変異マウスでは、大脳皮質の厚さが薄く神経細胞の発達に遅れが見られるとともに、通常のマウスに比べて頭が小さいことが分かりました(図3(左))。これらの異常は、POGZに突然変異をもつ患者では小頭症を併発している症例が多く報告されていることと関連していると考えられます。 更に、POGZの突然変異がマウスの行動に与える影響を解析したところ、POGZ点変異マウスでは、①マウスの社会性行動と考えられている同居マウスに興味を持つ時間が減少している(図3(中))、②コミュニケーション能力と考えられる仔マウスが母マウスを呼ぶために発するcall数(鳴き声)に異常がある(図3(右))、といった表現型が観察されました。これらは、自閉症患者の社会性の低下といった症状と関連していると考えられます。また、POGZ点変異マウスの神経回路機能が異常に活性化していることを見いだしたことから、神経回路の活性を抑えることにより行動異常が回復する可能性が考えられました。実際、神経回路の異常な活性化を抑制するペランパネル(抗てんかん薬)の投与により、POGZ点変異マウスの自閉症と関連する行動異常が回復することが明らかになりました。 図3 POGZ点変異マウスの自閉症様行動異常 3. 今後の展開(計画等があれば) 本研究は、自閉症患者から同定された遺伝子の突然変異に着目し、実際に変異を持つ患者由来のiPS細胞から分化させた神経細胞と、当該変異を導入したヒト型疾患モデルマウスを統合的に解析するという、先進的な手法を用いています(図4)。本研究成果により、健常者(両親)にはなく、患者(子ども)に突然生じる変異が、自閉症の原因の一つであることが示唆されました。また、本研究によりPOGZの突然変異が誘発する神経回路の異常な活性化が自閉症のリスクになること、大人になった後でも薬物による治療が可能である可能性が明らかになったことから、POGZが制御する神経機能を標的とした自閉症の新たな創薬への道が開けたといえます。自閉症は非常に多様な病態や病因が関わっていると考えられており、本研究成果は将来的に自閉症の発症の分子メカニズムに基づいた疾患の細分類化および患者選択的な治療戦略の構築に貢献することが期待されます。 図4 本研究のまとめ 4. 参考文献 1. Matsumura K, Seiriki K, Okada S, Nagase M, Ayabe S, Yamada I, Furuse T, Shibuya H, Yasuda Y, Yamamori H, Fujimoto M, Nagayasu K, Yamamoto K, Kitagawa K, Miura H, Gotoda-Nishimura N, Igarashi H, Hayashida M, Baba M, Kondo M, Hasebe S, Ueshima K, Kasai A, Ago Y, Hayata-Takano A, Shintani N, Iguchi T, Sato M, Yamaguchi S, Tamura M, Wakana S, Yoshiki A, Watabe AM, Okano H, Takuma K, Hashimoto R, Hashimoto H, Nakazawa T. Pathogenic POGZ mutation causes impaired cortical development and reversible autism-like phenotypes. Nature Communications 11:859 (2020). 2. Baba M, Yokoyama K, Seiriki K, Naka Y, Matsumura K, Kondo M, Yamamoto K, Hayashida M, Kasai A, Ago Y, Nagayasu K, Hayata-Takano A, Takahashi A, Yamaguchi S, Mori D, Ozaki N, Yamamoto T, Takuma K, Hashimoto R, Hashimoto H, Nakazawa T. Psychiatric-disorder-related behavioral phenotypes and cortical hyperactivity in a mouse model of 3q29 deletion syndrome. Neuropsychopharmacology 44:2125-2135 (2019). 5. 連絡先 東京農業大学生命科学部バイオサイエンス学科 動物分子生物学研究室 メールアドレス:tn207427@nodai.ac.jp −61−

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