2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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精神薬理学と計算行動科学の融合によるストレス社会を生き抜くやる気スイッチの 脳内神経回路の解明 名古屋大学環境医学研究所附属次世代創薬研究センター 講師 溝口 博之 1. 研究の目的と背景 人間は、「幸せと成功」を求め、日々努力する動物である。例え、嫌なことや体調が優れない状況においても、「やる気という底力」により自分をコントロールすることで、日々の誘惑や難局を打開することができる。この底力は筋力と同じように、使いすぎると消耗してしまうが、鍛えることが可能である(Pers Soc Psychol Rev., 2007; Pers Soc Psychol Rev., 2012)。それゆえ、やる気の強化こそが、日々のより良い生活を育むうえで最も確実な方法といえる。やる気は主に、①思考、②感情、③衝動、④パフォーマンス、の4つ事柄に対して自分をコントロールするときに使われ(Pers Soc Psychol Bull., 2007; Neuropsychologia., 2014;Baumeister and Tierney, 2013, Willpower,渡会圭子(訳))、注意・集中力、感情制御力、自己抑制力、行動をやり抜く遂行力として、形を変え表現される。ストレス、睡眠不足、エネルギー欠如などの自我消耗が激しい状況において、この底力が必要時に使えないと、結果的にやるべき宿題(仕事や勉強など)が山積みし、心身に慢性的な負荷がかかり、うつ病などの精神疾患の発症や、覚せい剤や危険ドラッグに手を染めることに繋がる。 一方、本研究で取り上げるオレキシン神経系は覚醒維持や摂食を含む動機づけ行動に対して促進的に働くことが知られている(Nat Rev Neurosci., 2014)。オレキシン神経は摂食早期の味覚刺激によって活性化し、摂食を促進するとともに、骨格筋へのグルコースの利用を選択的に促進し、血糖上昇を抑える役割が想定されている。また、オレキシン神経はやる気の根幹をなすドーパミン神経を中心とした報酬回路システムを調節することが報告されている(Nature, 2005)。これらの事から、オレキシン神経系の働きがやる気による自己コントロールに影響することが想像できるが、オレキシン神経機能とやる気による自己コントロールとの関連性は十分分かっていない。 本研究では、やる気を行動科学的側面から測定するため、①報酬に対する動機づけ(ギャンブル試験)、②課題に対する動機づけ(タッチスクリーン式弁別試験)の2つの行動実験を行った。また、Orexin-Creラットの行動解析、神経活動イメージング、計算論から、それぞれの動機づけにおけるオレキシンの役割を検討した。これら一連の実験から、安定したやる気・モチベーション検証技術の開発を目指した(図1)。 2. 研究内容 (実験、結果と考察) ギャンブル試験を用いて、「不確実下で与えられる報酬に対する動機づけ行動」を測定することで、予期せぬ出来事に対する自己抑制力におけるオレキシン神経の機能的役割について検討した(Proc Natl Acad Sci U S A.,2015; Neurochem Int., 2019) 。Orexin-CreラットにAAV-FLEX-hM3Dq-mCherryを発現させ、ギャンブル試験を行った。その結果、clozapine-N-oxideを投与してオレキシン神経を活性化させるとリスク志向な行動選択を示した。大報酬を食べた次のアーム選択について検討したところ、win-stay行動の増加が確認できた。さらに、DREADD 制御下の動機づけ行動について計算論によるオレキシン神経機能のパラメーター推定(報酬価値を計算、学習係数、逆温度など)を行った。計算理論を土台にすることで、やる気スイッチに関わる脳活動の意味付けができる。その結果、強化学習にあてはめ大報酬に対する期待値について検討したところ、オレキシン神経を活性化させた群ではコントロール群と比較して、大報酬の期待値が大きいことが分かった。 −68−発表番号 34〔中間発表〕

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