2020 旭硝子財団 助成研究発表会 要旨集
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次世代暗号通信を目指した円偏光発光性希土類錯体の開発 東京理科大学 理学部第一部 応用化学科 准教授 湯浅 順平 1. 研究の目的と背景 円偏光は偏光の一種であり、縦および横方向に振動する2つの直線偏光を±1/4波長位相をずらして重ねあわせてつくられる合成波である(図1)。円偏光には2つの直線偏光の位相差符号に対応して左右の回転方向が存在する(図1)。この円偏光の左右回転方向は原子や電子などのミクロな粒子がもつスピンに相当する量子状態であり、左右円偏光はいわばスピン状態をもった光として解釈することが出来る。このような円偏光の左右回転性を利用することで、円偏光の左右回転方向を情報素子として用いた量子暗号通信や量子コンピュータへの応用が期待されている。一方で、光量子を利用した量子技術を広く一般に普及させるためには、偏光性を持たない無偏光を偏光性の光へと変換する基盤技術の確立が重要である。円偏光発光における左右円偏光強度の偏りは、一般的に左右円偏光強度差(IL – IR)を発光強度全体(IL + IR)で割った値に相当する非対称性因子[glum = 2(IL – IR)/( IL + IR)]から評価される。希土類錯体は左右円偏光強度の偏りを示す代表的な発光材料の1つであり、実際に 図1 左右円偏光の概念図 キラル配位子をもつ希土類錯体が磁気双極子遷移由来の発光において非常に大きな非対称性因子の値を示すことが報告されている。一方で希土類錯体は配位数7~12と多く、また配位子が置換活性であるということが知られている。このような希土類錯体に特有の錯体化学的な特徴は、化学的に安定な希土類錯体を得ることをしばしば困難にしている。特に溶液中においては、キラル配位子の遊離やそれに伴うジアステレオマー化によってキラル希土類錯体の円偏光発光強度が減少することが報告されている。本研究では、化学的に安定な希土類錯体の開発とその円偏光発光性材料の応用を目的に研究をおこなった。 2. 研究内容 (実験、結果と考察) 本研究では化学的に安定なキラル希土類錯体を構築する錯体設計戦略として、複数の配位子によって複数の希土類イオン核を架橋させた環状多核希土類錯体を考案した(図2)。このような環状多核構造は複数の希土類イオン核が架橋配位子によってアングルを組むことにより、配位構造が安定化されると考えられる(図2)。先行研究として我々はこれまでに、希土類イオンに3分子のβ-ジケトナート配位が配位した(LH–)3(Ln3+)型の希土類錯体に対して、3座の補助配位子としてキラルビスオキサゾリン配位子(Pybox)を作用させるとN3O6 型の9配位型のキラル希土類錯体が形成されることを報告して 図2 環状希土類錯体の概念図 −76−発表番号 38〔中間発表〕

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