af Magazine
〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

人間の心理から省エネ行動を科学する―緑のカーテンの可能性を探る

地球温暖化の影響を受けて、年々上昇傾向にある日本の夏の平均気温。暑い夏を乗り切るため、自然の力を利用した昔ながらの生活の知恵としてよく知られているのが、「緑のカーテン(グリーンカーテン)」です。
ゴーヤやアサガオなど、ツル性の植物をネットに絡ませて室外で育てることで、自然のカーテンとして日差しを遮り、室内の温度の上昇を抑えるため、節電効果も期待されています。
見た目にも涼しく、日本各地の家庭などで親しまれている緑のカーテンをさらに普及させるためにはどのようなアプローチをするべきなのでしょうか。人の心理に焦点を当てる「行動経済学」の観点から研究をした、滋賀県立大学の村上一真准教授にお話を伺いました。

他人の節電行動に影響を及ぼす日本独自の省エネ装置―緑のカーテンに着目

滋賀県立大学 環境科学部 環境政策・計画学科 村上一真准教授
滋賀県立大学 環境科学部 環境政策・計画学科 村上一真准教授

村上准教授による「緑のカーテン」についての研究が、旭硝子財団の研究助成として採択されたのは2017年。

「緑のカーテン」の研究に着手する以前は、一般市民の方々を対象に、エアコンや冷蔵庫、照明といった家電の使い方についてどのような情報を与えれば省エネルギーにつながるかを研究していた村上准教授。その成果を書籍という形で発表し終えて、ちょうど次なる研究テーマを探していたタイミングだったと振り返ります。

「それまで、人が家の中で節電をする行動に取り組む要因を調査した結果、他の人が節電をする行動に少なからず影響されることが分かりました。そこで、さらに人と人の関わりによって生じる節電行動はないかと探し、今度は家の外で、お金をかけずに取り組みやすい節電行動である緑のカーテンに着目したのです。自宅や学校、公共施設やオフィスなどで緑のカーテンを育て、他の人がそれを目にすることでコミュニケーションが生まれて、他の人も取り組み始め、結果的に周囲に節電行動が広がり、省エネにつながるのではないかという可能性に惹かれました」(村上准教授)

栽培に湿度が必要とされる「緑のカーテン」は、高温多湿な日本ならではの伝統的な省エネ装置とされることから、村上准教授の研究テーマや研究成果は、世界初である可能性も。

「世の中に節電についての研究テーマがたくさんある中で、緑のカーテンという、一見地味だけれど、大規模なコストをかけずに手軽に取り組みやすいテーマに対して評価をいただけたことはうれしかったですね。室外で育てる緑のカーテンは、他人の視線を意識することで周囲に波及効果を及ぼすという、私の専門分野である行動経済学の原理に基づいた節電行動でもあります」

湿度が高い東南アジアの国々に向けて、「緑のカーテン」を日本発の省エネ施策として輸出する日が近い将来に訪れるかもしれません。

緑のカーテンが市民の環境問題に対する意識を高めることを明らかに

上手に育てられた緑のカーテンは、室内の温度を約4.5度下げる効果があるとされている
上手に育てられた緑のカーテンは、室内の温度を約4.5度下げる効果があるとされている

「緑のカーテンによる波及効果は、他人に影響を与える直接的な節電行動だけではない」と、村上准教授は指摘します。研究論文では、緑のカーテンによって、市民の行政に対する信頼感や環境問題に対する意識を高めるという傾向が明らかにされています。

「研究論文のための調査では、年間平均気温が高い京都府の中から、緑のカーテン普及活動に取り組む2つの自治体に協力を仰ぎました。ひとつは、緑のカーテン日本一を目指し、ゴーヤのゆるキャラを誕生させるなど積極的に普及活動に取り組む福知山市。もうひとつは同じように緑のカーテンを普及させようとしているけれど、福知山市ほど成果を出せていない近隣の自治体。それぞれの住民に緑のカーテン普及施策に対して、アンケートを行ったところ、福知山市の住民による評価の方が高く、緑のカーテン以外の省エネ対策にも積極的に協力する意思を示す傾向が見られました。その結果から、緑のカーテンを普及させることで、地球温暖化防止への後押しができるのではないかと考えています」

住民ひとりひとりの家での節電効果は大きくはないけれど、地域全体に広がっていくことを考えれば、「緑のカーテン」の普及施策は、費用対効果が決して小さくはないというメリットも。

学生時代に世界の環境問題の現実に衝撃を受け、研究者の道を志す

研究論文のために膨大なデータを集計して仮説を検証、環境問題の解決に尽力する
研究論文のために膨大なデータを集計して仮説を検証、環境問題の解決に尽力する

約1,800世帯を自らの足で訪問する地道なフィールドワークなどを経て、「緑のカーテン」の研究を続けてきた村上准教授。環境問題を志した原点は、学生時代のアジア旅行にあったそうです。

「大学3 年次を終えた後、1年間休学をして、アルバイトで貯めたお金でネパール、インド、ベトナム、カンボジア、タイなど途上国を中心に、バックパックひとつで回りました。当時の街中や川にはごみがあふれ、人々は生活のために森を燃やして畑をつくっていた。貧しさゆえに誰も環境問題に関心をもたず、人間が生きていくために地球の環境が破壊される―その現状を目の当たりにして衝撃を受けた体験が、将来は環境問題の研究の道に進もうと決意したきっかけです。また、ちょうどその頃、京都で開催され、世界各国が協力して地球温暖化防止に取り組む大きな一歩となった、地球温暖化防止京都会議(京都議定書)にも影響を受けたこともあり、日本に帰国してからは大学院へ進学。貧困問題の解決法を探る開発経済学や環境経済学の勉強に没頭しました」

大学院を卒業した後は、環境問題の解決に立ち向かう姿勢や技術を身に着けるため、民間のシンクタンクに就職し、バイオマスエネルギーや太陽光発電といったエネルギー関連を始め、森林環境税の導入まで幅広く環境問題にまつわる業務を担当。より自由に研究ができる場を求めて、現在の大学で研究を続ける道を選んだといいます。

「環境学の学術論文ばかりを書いていても、環境問題はいっこうに解決しない。実際に現場を見てその中で問題を発見し、行政や企業とタッグを組むなど、解決に向けた行動に踏み出すことが大切です。私のゼミに参加している学生には、こちらから研究テーマを与えるのではなく、自分の関心のある分野を見つけて、まずは現場を見てほしいと伝えています。ごみ問題に関心があれば、ごみ拾い活動に参加する。現場で発見した具体的な問題をテーマに結びつけられれば、モチベーションを保ちながら面白い研究ができるのではないでしょうか」

ゆるやかに背中を押す行動経済学によって、環境に配慮した行動をする人を増やしたい

滋賀県立大学のキャンパスを背に。環境科学部は日本で初めて設立された
滋賀県立大学のキャンパスを背に。環境科学部は日本で初めて設立された

環境問題の現場で研究を続ける村上准教授に、今後取り組みたいテーマを伺うと、新たなトピックスを挙げてくださいました。

「今後、新たに取り組みたいのは、フードロスの削減。消費期限の迫ったお惣菜などの割引商品の購入や外食時の食べ残しの持ち帰りについて、どのようにしたら羞恥心を取り除き、積極的に取り組んでもらえるかを考える視点が必要だと思います。ほかには、プラスチックごみの削減。たとえば、ペットボトルの利用を減らすマイボトルの持参も、他人から見られる環境に配慮した行動。私がこれまで学んできた行動経済学では、『ナッジ(nudge)=ゆるやかに背中を押す』という手法が重んじられています。環境問題に無関心な人に対しても上手く誘導してあげることで、結果的に環境配慮行動をする層を増やす可能性を追求したいですね」

お説教型の情報提供は見向きもされないし、押しつけ型の環境施策は長続きしないと語る村上准教授。人が行動を起こすときのモチベーションとして、楽しさや経済的な利益、社会規範など、さまざまな要因が考えられますが、「他人の視線」も重要なキーワードのひとつ。
自分が日常の生活習慣をほんの少し変えるだけで、無意識のうちに他人に影響を与え、やがてひとりひとりが自然に環境問題への意識を高めていくことを願って―。学生時代から抱いてきた熱い想いを胸に、「行動経済学」という新たな考え方を柔軟に取り入れながら研究に邁進する村上准教授のさらなる活躍が期待されます。

Profile

村上 一真(むらかみ かずま)
滋賀県立大学 環境科学部 環境政策・計画学科 准教授

広島大学経済学部卒業、同大学国際協力研究科博士課程を終了後、三菱UFJリサーチ&コンサルティング研究員、アジア太平洋研究所研究員を経て、2013年滋賀県立大学に着任。専門分野は行動経済学、環境経済学、開発経済学、地域経済・政策論。「環境配慮行動の意思決定プロセスの分析」など著書多数。2020年冬に新刊「環境政策の効果と環境配慮行動の分析(仮)」が出版予定。

  • 当財団の研究助成プログラムについてはこちら
  • ページトップへ