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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

シカの食害による森林生態系への影響を調査。課題解決への貢献は、研究者の重要な仕事

近年、日本全国でその被害が拡大し、地域における深刻な課題となっている獣害。とくに、多様な草木をエサとするシカによる食害は、里の畑だけでなく山の植生にも大きな影響を及ぼしていることが指摘されています。千葉大学大学院園芸学研究科の梅木清准教授は、増えすぎたシカが、山の植物だけでなく、山に住まう鳥や昆虫たちにどんな影響を与えているのかを調査。シカの食害が森林の「生態系」に大きなインパクトを与えていることを明らかにしました

日本の森林で深刻化するニホンジカの食害。食物連鎖による影響を調べる

千葉大学大学院 園芸学研究科 梅木清准教授
千葉大学大学院 園芸学研究科 梅木清准教授

1980年以降、北海道から屋久島に至るまでの広範囲で、増えすぎたニホンジカがさまざまな問題を引き起こしています。草食のニホンジカは、特定の植物以外ほとんどすべての草や葉、樹皮を食べるうえ、一頭あたり日に3〜5kgほどもエサを食べるといわれます。辺り一帯の草木を再生不可能なほど食べ尽くしたり、シカが食べるか食べないかによって山の植生がガラリと変わったりといった影響が出ています。

「日本の森林にとって、ニホンジカの問題は非常に深刻です。森林生態学を専門とする以上、この問題の解決に自分の研究を役立てていきたいという気持ちは持ち続けてきました。今回調査フィールドとした秩父演習林(※)でも、2012年から継続調査をしてきて、シカがササなどの植物群に影響を与えていることを観測していました。しかし、食害を受けている植物をすみ処とする昆虫や、その昆虫をエサとする鳥たちなど、植物のさらに先の生態系まで踏み込んだ調査はできていなかったんです」と梅木准教授は語ります。

食物連鎖を辿っていくと、シカによる食害の影響はより拡散されているのではないか。梅木准教授は、予測はあったものの実態がわからなかった生態系の姿を把握するため、研究助成を受けて調査を実施することにしました。

「シカの問題を解決するためには、シカ摂食に対する森林生態系の応答を正確に捉え、シカの適正な密度を明らかにする必要があります。より広範囲に多数設置したポイントで、植物や昆虫、鳥までを範囲に含めて調査することで、より正確に、そして生態系全体を見渡して実態を探ろうという挑戦でした」(梅木准教授)

※ 東京大学大学院農学生命科学研究科附属 秩父演習林栃本地区

シカとササが森林生態系の最重要種であることを実証

自動撮影カメラで捉えたシカの様子。<br>食害のため枯れたササがシカの周りに映る
自動撮影カメラで捉えたシカの様子。
食害のため枯れたササがシカの周りに映る

調べる対象も調査ポイントも広い一大プロジェクト。時間と労力は通常の比ではありませんでした。とくに梅木准教授にとって、専門外となる昆虫と鳥類の分析は高いハードルだったといいます。

昆虫は、秩父演習林内の30カ所に約1カ月トラップを仕掛け、採集したサンプルを主に科レベルで分類、分類ごとの個体数と重さを測定しました。鳥類は30カ所で約1カ月音声を録音し、種レベルに分類、音声の回数を数えます。その時研究室に在籍していた、昆虫、鳥類を得意とする学生たちの助けが、分析作業の大きな推進力になったそうです。

「野外で起こっていることを、ほとんど手を加えずに測定し、観察するのが植物生態学、森林生態学における一つの重要なアプローチ。私自身、野外でのフィールドワークに魅力を感じて、この分野に足を踏み入れました。試験管の中とは違って、野外では実にさまざまなことが同時に起こっています。動物の動き、天候や気温、植物の状態......様々な要因が絡み合うなかで、シカの摂食要因における変化をきちっと捉えられるのか、やってみないとわからないというのが正直なところで不安でした。結果としてシカが森林生態系に大きな影響を与えていることを観測することができました」と梅木准教授。 調査によって、シカの食害で激減したササが、昆虫と鳥類の種組成に影響を与えていることが実証されました。シカとササが森林生態系に影響を与える重要種であるということが確かめられたのです。

「森林生態系は、生態系に影響を与える少数の重要種と、個体数が少なく存在の有無が周囲に影響を与えないたくさんの種で成り立っています。秩父演習林において、ササとシカは最重要種といえるもので、その増減が全体に大きな影響を与えることがわかりました」(梅木准教授)

調査は今現在も継続中。山の生態系は刻々と変化し続けている

秩父演習林で下層植生を調査する学生たち
秩父演習林で下層植生を調査する学生たち

「研究成果を大学の講義で紹介すると、植物も動物もつながりの中で生きているということを実感した、といった感想を言う学生が多いんですよ。私自身、この調査によって生態学のおもしろさと重要性を改めて認識しました」と研究の成果を振り返る梅木准教授。その後も秩父演習林での調査は継続しており、現在は、土壌中の生物まで調査範囲を広げています。技術の発達により、土壌に含まれるDNAデータを調べて生物の種類と数を把握することが可能になったためです。

また、ササについてはほぼ毎年観察を重ねており、現在では枯死しつつも立っていたササは完全に地面に倒れ、土に還りはじめているそうです。一部新たに生えてきたササもありますが、植生が回復するような量ではありません。梅木准教授は、正確に計測はしていないものの、ササの中で営巣する鶯などの鳥の数が著しく減ったように感じるとも。刻々と変化する山の様子を正確に捉えるため、調査はこれからも続いていきます。

山と人の、持続可能な関係を築き直すために

2012年宮城県のブナ林にて
2012年宮城県のブナ林にて

梅木准教授は今後、日本の森の4割を占める人工林や、人工林を含む里山環境を研究テーマにしていきたいと語ります。 「1960年代以降、私たちは森林を使わない暮らしにどんどんシフトしてきました。それによって、人間も、自然環境とのバランスを失っている状態だと思うんです。持続可能な人間の暮らしと森林管理のあり方を考えるべき時がきていると感じています。例えば、化石燃料から再生可能エネルギーへのシフトに、木質バイオマスなどの森林利用がどれくらい貢献できるのか。間伐など適切な森林管理をすると、どれだけ人間の雇用を生んで、地域経済にどんな効果があるのか。人間も生態系の一部。森林の状況と人間の生活を一体として考え、森林のあるべき姿を実現させるために研究を役立てたい」と梅木准教授。シミュレーションモデルを作り、人間の生活への影響を数値にすることで、地域住民の合意形成にも貢献できるのではないかと考えています。 「生物の間の関係性を調べる学問に携わってきたら、自ずと山村地域の抱える問題にぶつかりました。自分の研究の集大成として、やはり山村地域の課題解決に貢献していきたい。人間のあり方を変えていく必要がわかっている今、研究者である以上、地域や環境の問題は決して避けては通れないこと。何かしらの貢献が求められると思います。これからともに研究者として歩んでいく学生のみなさんにも、第一の関心ごとではないかもしれませんが、広い視野を持って、自分の目の前にある研究課題と社会や環境がつながっていることに気づいてほしい。持続可能な未来にぜひ貢献してほしいと願っています」

Profile

梅木清(うめき きよし)
千葉大学大学院 園芸学研究科 准教授

名古屋生まれ、1992年京都大学大学院を卒業後、北海道立林業試験場に勤務、2003年より千葉大学園芸学部に勤める。1995年に京都大学より博士(理学)の学位を受ける。専門は植物生態学、森林生態学。樹木・森林の生態を、フィールドワークからモデリング・シミュレーションまでの幅広いアプローチで研究する。最近は、機能的・構造的樹木モデルの開発とGIS (地理情報システム)上で動作する森林のサイズ分布動態モデルや森林管理システムを研究課題としている。

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