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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

環境問題の解決は「自分の行動を知る」ことから始まる。エコプロダクツの消費者行動の研究から見えてきたこと

2021年5月、「エコカー減税」が延長されました。環境性能に優れた自動車の税が優遇されるこのしくみや省エネ家電の補助など、日本では10年以上、さまざまな形でエコプロダクツの購入助成政策が続けられています。こうした政策が、経済面・環境面にどのような影響を与えたのかを調べ、考察したのが青山学院大学経済学部の松本茂教授です。「人が何を要因にどう消費行動をするのか」という点に着目し続けてきた松本教授に、私たち日本人のエコ行動の現状と、行動を促進するために必要なことを聞きました。

家電エコポイント制度を分析。エネルギー消費は減少したが費用対効果は疑問

青山学院大学 経済学部 松本茂教授
青山学院大学 経済学部 松本茂教授

日本では、2009年ごろからエコプロダクツの購入助成政策が進められてきました。ハイブリッド自動車や電気自動車など環境性能に優れた車の課税を減額するエコカー減税や、省エネ家電(グリーン家電)に対するエコポイント制度など、多くの一般消費者がそうした購入助成制度について、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。エコプロダクツの購入を促すこれらの施策は、内容を変えながら今日までさまざまな形で実施され続けています。

環境経済学を専門とする青山学院大学経済学部の松本茂教授は、環境助成政策のなかでも家電エコポイント制度に着目し、この政策が消費行動をどう変化させたのかを調べ、分析を行いました。家電エコポイント制度とは、2009年〜2011年の間、環境省・経済産業省・総務省によって進められた施策です。「地デジテレビ」「エアコン」「冷蔵庫」の省エネ対象製品について、購入するとエコポイントを取得でき、そのポイントを使って別の商品やサービスを購入できるというものでした。

「省エネ効果に関する研究は、長らく機器性能の向上など供給側からの視点で行われてきました。私は、消費側の視点からエコ家電の助成が実際に環境に影響を与えたのかを知りたいと考えました。そこで、マーケットデータから消費行動を分析するとともに、アンケート調査で購入後の家電の利用のされ方についても調べることにしました」(松本教授)

松本教授の研究チームは、エコポイント制度の期間中にエアコンを購入した世帯を対象に、アンケート調査と夏場の電気使用量データの年次比較を行なって、省エネ効果の検証を行いました。その結果電気使用量の減少が見られ、期間中にエアコンを購入した世帯について、エコポイント制度がエネルギー消費の削減に寄与したことがわかりました。しかし同時に、性能の高いエアコンを購入した世帯が、よりエアコンを使うようになってしまうといった「リバウンド効果」も観察されました。

また、エコポイント制度は、消費者の近視眼的行動を変える効果はなかったこともわかりました。行動経済学の実証研究では、消費者が長期的なエネルギー効率を考えた最適行動を取るとは限らないことがわかってきています。つまり、「節電機能を十分評価せず、目先の販売価格を気にして消費者はつい安い家電を購入してしまう」ということです。省エネ家電の性能は年々向上していますが、高性能であるほどに販売価格は高くなる傾向にあり、家電メーカーが実現しようとする省エネ水準と、消費者側の求める省エネ水準に乖離が生まれる「エネルギー効率性ギャップ」の問題が指摘されています。松本教授の調査によると、エコポイント制度はこのエネルギー効率性ギャップをむしろ拡大させたことがわかりました。

さらに「一連の調査によって、エコプロダクツの購入助成制度は、所得に余裕のある人が物の買い替えに使っている、という消費行動が明らかになりました。購入助成政策が環境に与える影響を評価すると、二酸化炭素1トンを減らすためにどれくらいの金額が必要かという点で比べた時に、コストパフォーマンスはあまりよくない政策という結論になるかと思います」と松本教授は研究を総括します。

環境経済学の見地からは、環境に負荷をかけている人がその損害を負担するように設計すべきで、購入助成は本来は適切な政策ではないといわれているそうです。 「ですが、補助金にも効果的な使い方はあります。例えば、一生に一度しかない買い物に対する助成です。寒冷地でエネルギー効率のよい家を建てるために補助金を出す政策などが考えられます。購入した時点から少なくとも30〜40年住み続ける家だと仮定すると、夏も冬もエアコンをつけっぱなしの家と、エネルギー効率が良く何も使わなくても快適な家とでは、環境負荷が大きく変わってきますよね」(松本教授)

根本にあるのは「消費者も環境問題の加害者」という問題意識

2015年、スペインにて報告を行った時の様子
2015年、スペインにて報告を行った時の様子

学生の時には農学部に所属し、造園・都市計画などを学んでいたという松本教授。大学院修士課程の時に「公園や緑地を、人々がどのように評価しているのか」を調査したことから、環境経済学の道を歩みはじめます。

「ニューヨークではセントラルパークの見える部屋は不動産価格が高かったり、日本のホテルも、オーシャンビューの部屋は宿泊費が高かったりしますよね。つまり、人々は、自然環境の価値に値付けをしているんです。以来、みんながどんなものに価値をおいて消費行動をとるのか、ということに興味を持ち続けてきました」と松本教授は話します。自然に親しんで育った子どもの頃の記憶と、環境問題が国際的課題として明確になった1990年代に在学していたことから、環境配慮行動が主要な研究テーマとなっていきました。

「公害問題が発生した1960年代は、自然破壊は企業が引き起こすものと考えられていて、消費者はどちらかというと被害者側にいる構図でした。しかし今、企業の行動は消費者のニーズを反映しているはずなので、消費者が環境問題の加害者にもなっている、というのが私の根本にある問題意識なんです」(松本教授)

消費者の人数は企業の数に比べ圧倒的に数が多く、また、ひとりひとりの消費行動は企業活動に比べて多様なため、仮説を立て傾向を分析することが非常に難しいテーマでもあります。松本教授はどのようにその困難を乗り越えているのでしょうか。「ひとつの理論ですべてを説明しきろうとしないことが重要です」との答えが返ってきました。

「各世帯がエネルギーをどのように使っているか、というテーマで分析することは難しいでしょう。でも、特定の事象に対して消費行動がどう変わったかを評価することはできます。例えば電気代が1%上昇すると、0.2〜0.6%くらいは使用量が減少する、というように。非常にローカルなところに焦点を当て、研究をしています」

環境経済学者の視点から考えるエコカーの未来

2015年在外研究中に訪問したローマで
2015年在外研究中に訪問したローマで

2021年5月より延長となったエコカー減税について、松本教授はその政策と消費行動の変化について、どう捉えているのでしょうか。

「2012年時点で調査をしたのですが、エコカー減税は、ハイブリッド車の普及には一定効果を及ぼしたと言えます。しかし、ある程度ハイブリッド車がマーケットに普及した現在、この政策はあまり効果的ではないのでは。インフラが整っていない状況なので、電気自動車の利用拡大も難しいと思います」と松本教授。今後は、エコカーに対する税制優遇ではなく、環境負荷の高い車にわかりやすくペナルティの課税を行うような 施策が役に立つのではないかと語ります。

また、環境に配慮した車についても注意すべきことがあります。 「"ハイブリッド車のリバウンド効果"というものがあります。ハイブリッド自動車を購入して燃費がよくなると、走行距離が伸びる傾向があるのです。例えば買い換える前の車に比べてエネルギー効率が10%よくなったとしても、走行距離が伸びるので、実際のエネルギー効率は6〜7%程度の改善と考えたほうがよいでしょう」と松本教授。

前述したようにエアコンにも同じようなリバウンド効果はみられ、省エネエアコンを購入すると、快適性の向上により、購入前に比べて長時間使用するようになるそうです。

「自動車は、二酸化炭素排出による温暖化の問題だけでなく、大気汚染やアスファルトが削れることによるPM2.5の問題、事故リスクの問題なども抱えています。ハイブリッド車によって二酸化炭素が抑えられても、走行距離が伸びればそのほかの問題のリスクが上昇します。車というと温暖化問題とだけ結びつけて考えがちですが、もう少し視野を広く持つ必要があると感じています」(松本教授)

環境に配慮した行動は、「自分のしていること」を知ることからはじまる

本研究「エコプロダクツの購入助成が消費者行動に与える影響の分析」は、書籍『Environmental Subsidies as a Policy Instrument: How did they work in the Japanese market? (Routledge, Taylor & Francis Group)』として出版された
本研究「エコプロダクツの購入助成が消費者行動に与える影響の分析」は、書籍『Environmental Subsidies as a Policy Instrument: How did they work in the Japanese market? (Routledge, Taylor & Francis Group)』として出版された

松本教授は現在、カーボンプライシングと家計の負担についての研究を進めています。2050年までにカーボンオフセットを宣言した日本において、今後カーボンプライシングは確実に強化されていくと見られています。その時に、家計にどのような影響を与えるのか、そして母子家庭や寒冷地の住民など、負担が極端に増える人たちに対して、どんな施策を取り得るのかを検討していきたいと語ります。

また、松本教授には、今後10年ほどかけて考えていきたいと語るテーマがあります。それは、「時間利用と環境負荷の関係性」についての研究です。

「人間は必ず死にますが、GDPの伸び率ほど人間の寿命は伸びていないことからも、今後は物資に比べて相対的に時間の価値が高まっていくはずです。人がそもそも環境に負荷をかけるのは、時間を節約するためとも考えられます。徒歩ではなく車で移動することで、資源を使って環境に負荷をかけ、時間を節約しているわけですよね。今後私たちは、資源・環境・時間のバランスをどう取っていくべきなのか。どの程度環境に負荷をかけて、どれくらい時間を節約して、効率的に人生を楽しむべきなのかを考えていきたいと思っています」(松本教授)

経済学、そして消費行動というとても身近なテーマから、環境問題の解決策を考え続けてきた松本教授。環境問題に関心のある学生には、ぜひ自分の専門分野と環境問題の接点を見つけてほしいと語ります。そして学生に限らず、すべての人に向けたメッセージとして、「まずは、自分がどんな行動をしているのか、自分自身でぜひ知ってほしい」と話します。

「じつは、自分がどんな行動をとっているのか知らない人はたくさんいます。まずは、電気料金の明細を毎月ちゃんとみて、自分はどれくらい電気を使っているのかを把握することから始まります。当たり前の毎日で忘れがちですが、自分がどれだけエネルギーや資源を使っているのか知ることで、行動はきっと変わっていくはずです 」

※カーボンプライシング:二酸化炭素の排出量に応じて、金銭的コストを負担する仕組み

Profile

松本茂(まつもと しげる)
青山学院大学 経済学部 教授

神奈川県鎌倉市に生まれ育つ。1999年ノースカロライナ州立大学経済学部博士課程修了、Ph.D.取得。2011年より青山学院大学経済学部にて、環境経済学や農業経済論を教える。応用厚生経済学を専門とし、消費者の行動分析を中心とした研究活動を展開、リサイクル活動や省エネ活動といった世帯の環境配慮行動や有機農法などの食品属性に対する消費者の評価について分析してきた。

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