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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

足元の資源「森林」を見直す。再エネ利用の実現を地域から

日本の国土面積の、約7割を占める森林。そんな森林のエネルギーとしての可能性に着目し、住居や町づくりに生かすための研究を続けてきたのが、東北芸術工科大学の三浦秀一教授です。オーストリアの先行事例から、日本の農山村地域におけるメインの熱源として、木材を活用していく未来を描いています。三浦教授に、日本の森林資源、そして農山村地域が持つ可能性についてお話をうかがいました。

地方は地域熱供給に向かない?固定概念を覆したオーストリアの村々

東北芸術工科大学の三浦秀一教授。自宅の薪棚の前で
東北芸術工科大学の三浦秀一教授。自宅の薪棚の前で

2050年までにカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを世界に宣言した日本。地球温暖化が世界における喫緊の課題となるなかで、先進国の責務として、一刻も早く化石燃料から脱却していくことが求められています。「日本で再生可能エネルギーを拡大させるための鍵は、間違いなく森林資源にあると思っています」。そう語るのは、東北芸術工科大学デザイン工学部建築・環境デザイン学科の三浦秀一教授です。建築学の立場から地球温暖化問題に取り組み、省エネルギーかつ再生可能エネルギーを活用した住まいと地域づくりの研究を続けてきました。とくに、山形県にある現在の大学へ赴任してからは、周囲に広がる豊富な森林資源に着目。森林のエネルギー活用を大きなテーマとしてきました。

「EUにおいて再生可能エネルギーの中心を担っているのは、じつは森林のエネルギー利用です。2018年時点で、EUの一次エネルギー消費に対する再生可能エネルギーの比率は19.7%。その内訳をみてみると、森林資源(木質バイオマス)を使ったエネルギーが41%を占めています。森林大国の日本がその木をエネルギーに活用していない現状は、欧州からみるととても不思議に見えると思います」と三浦教授は言います。

木を燃やすとCO2が出て地球温暖化につながるのでは、と誤解されがちですが、木は光合成によって大気中のCO2を固定しながら成長します。そして、木を燃やすとその中の炭素が燃焼に使われ、また大気にCO2が放出されます。つまり、炭素は循環しているので、循環が途切れない限りCO2は増えないということになります。このように、排出されたCO2を、植物による炭素固定などで実質的にゼロの状態にする考え方をカーボンニュートラル(炭素中立)と呼び、現在国際社会が合意し、目指すところとなっています。

欧州では、このカーボンニュートラルの考え方に則り、森林資源のエネルギー活用が進んできました。一方、なぜ日本では利用が進まないのだろうか――そんな疑問を抱いた三浦教授は、とにかく現場を見てみようと渡欧。そして、オーストリアの村々が木を熱源として見事に活用している様子に衝撃を受けます。村々では、木質チップや薪などを燃料とするボイラー(バイオマスボイラー)が、複数軒または地域中の暖房と給湯を一手に担う「木質バイオマス地域熱供給」がさかんに行われていたのです。

「一箇所でまとめて冷水や温水を作り、導管で街や建物に配給するという『地域熱供給』自体は、日本でも行われていたんです。でもそれは、新宿や丸の内のビル街で、都市ガスや電気を熱源にエネルギーを効率化した事例。人口が分散している地方では、配管コストがかかるため地域熱供給は難しいと言われていて、私もそう決め込んでいたんです。しかし、オーストリアで目の当たりにしたのは、実際に村のあちこちで地域熱供給が行われている姿でした。驚くと同時に、日本の地方でもできないはずがない!そんな希望が見えた瞬間でした」(三浦教授)

※ 一次エネルギーとは、加工されない状態のエネルギーで、石油、石炭、原子力、天然ガス、水力、地熱、太陽熱などをいう。これらを加工・変換して得られる電気、灯油、都市ガスなどが二次エネルギー。実際に資源をどれだけ消費したのか考える上では、消費した二次エネルギーを一次エネルギーに換算し直した「一次エネルギー消費量」を使用する

小さな村でも地域熱供給。その鍵は「公共施設」にあり!

オーストリアにてバイオマス市場を視察
オーストリアにてバイオマス市場を視察。さまざまな人が、いろいろな木を運び込み、売買できる場所

エネルギー源としての森林利用の先行モデルとしてよく挙げられるのはスウェーデンやフィンランドの事例です。しかし、寒冷地で山が少なく平坦なこれらの国々と日本では森林状況が大きく異なります。「再生可能エネルギーの事例研究全体に言えることですが、欧州と日本は気候も地形も違うから、と一蹴されてしまうことがあります。そんななか、オーストリアは、人口規模が日本の東北地方と同じくらい、山の地形も似ているため、参考になるに違いないと思いました。そこで、旭硝子財団からも助成いただいて、もっとオーストリアの事例研究を深めていくことにしたのです」と三浦教授は当時を振り返ります。

オーストリアと日本の農山村地域を比べたとき、異なっていたのは人口密度ではなく自治体の規模感でした。市町村合併が進んだ日本では、人口1万人以上の市町村が約7割を占める一方、オーストリアの市町村における平均人口規模は約3,400人と小規模。住民が木材伐採や供給の当事者となることが多いこと、法律や条例が地域の実情に合っていることがわかりました。また、オーストリアでは街がある程度コンパクトにまとまっていますが、日本の地方は車移動が基本で、より施設が分散している傾向にありました。

「ですが、日本でも丁寧に探していけば、役場や学校、公民館など、近距離に主要な公共施設が集まっている場所は結構あるとわかりました。オーストリアの小さな村でも、ボイラーは役場や学校に置いてあることが多いんです。役場にボイラーがあり、隣接する小中学校の校長を兼ねた村長がボイラーを炊く、そんな小さな村もありました。私は、日本でも公共施設を中心にした地域熱供給は充分に実現可能だと結論づけています」と三浦教授。さらに教授は、森林を利用して熱を作り、みんなで利用する仕組みは、ヨーロッパよりもむしろ日本にこそ向いているのではないか、とも言います。

「風呂に入る習慣のある日本人は、風呂を沸かすために大きなエネルギー負荷をかけています。日本中至るところに日帰り温泉施設がありますが、多くは30℃程度の源泉を化石燃料で加熱していて、そのコストは年間1000万円に上るところがたくさんあります。地域として森林を燃料に熱を作り、温泉施設でも周辺住宅でも活用できるようにしたら? インパクトのある改革になると思いませんか」

※人口は2001年時点。ウィーンを除いた市町村では平均人口は2,750人となりより小規模になる(出典:『オーストリアの地方自治』(財)自治体国際化学会 平成17年発行 http://www.clair.or.jp/j/forum/series/pdf/j17.pdf

地域熱供給のモデルタウン計画に参加。研究と実践を行来して

最上町の若者定住環境モデルタウン
最上町の若者定住環境モデルタウン。中央が賃貸の集合住宅、向かって左が戸建てのモデル住宅。バイオマスボイラーの熱を給湯と暖房に役立てる。道路の下にも配管して雪が溶ける仕組みになっている

オーストリアで行った研究はその後、面積の84%が森林という山形県最上町のプロジェクトに大いに生かされることになりました。森林資源を燃料に使うボイラーで暖房と温水をまかなう戸建て住宅、集合住宅を建設したモデルタウンを作る計画で、2014年に調査・設計をスタート。三浦教授だけでなく、オーストリアにある設計事務所の協力も得て2016年に完成し、現在も稼働を続けています。

三浦教授には、自らの研究を机上の空論では終わらせないという強い決意があります。学生時代、京都議定書関連の会議に参加し、科学者とNGOが活発に議論する現場に居合せた教授。研究と社会変革は一緒に進めていくべきなのだと強く思ったそうです。「オーストリアを研究するにあたって、日本での実践につなぐためには、その技術・コスト・制度を一緒に解明する必要があると思っていました。とくに、コストデータの収集を行えたことは大きな成果で、最上町の事例にも役立ちました」と話します。

最上町での実践を経て、さらにわかったこともあります。日本で森林資源を利用して熱を供給する施設を作るコストは、オーストリアに比べ約5倍にもなるという事実です。しかも、コストが高くなる原因は、ボイラー本体ではなく、配管部品やボイラーを入れる建屋・燃料貯蔵庫の資材などの周辺設備でした。当初、三浦教授らは国産資材による建設を考えていましたが、割高な上、設計に合う規格の部品が手に入りにくかったことから、最終的に配管など周辺設備もほぼ輸入することになったといいます。

「輸入にかかるコストを差し引いても、費用は格段に抑えられました。国産品を使うべきとの声もありますが、地域熱供給を普及していくためには、まずは良質な国外品を活用しやすくしていくことが必要だと思います」

地域丸ごと再生可能エネルギーに!日本の農山村地域が持つ可能性

山形市にある三浦教授自宅の薪棚
山形市にある三浦教授自宅の薪棚。自ら「ゼロエネルギー住宅」を設計し、森林のエネルギーを使った暮らしを実践している

「建築の先生がなぜエネルギーのことを考えるのか、と聞かれることがあります。でも、建築のテーマって、人間にとって快適な環境をいかに作るか、ということ。エネルギーはとても大事な要素です。そして私がずっと思っているのは、人間にとって快適なだけではなく、地球そのものを守るための建築をつくりたい、ということです」と語る三浦教授。今後挑戦したいこととして、「日本国内のどこかで、再生可能エネルギー100%で生活できる地域を実現すること。そして、人口を維持できる持続可能な地域を作ること」と力強く答えます。

「新しい住宅団地を建てるだけでなく、既存の集落や地区でも、森林資源を活用していくための新しいモデルが必要です。例えば、地方のまちなかでは、空き家が増えているという問題があります。そういったエリアにボイラーと配管を設置して、森林資源を利用したエネルギーで便利に暮らせるエコ住宅として空き家を再生させる。こうした取り組みは、地方に人を呼び込むことにもつながるはずです」

日本でもとくに、山間部での過疎化は深刻な課題になっています。そんな地域で森林のエネルギー化の話をすると、住民の目が輝きだすのだそうです。 「かつて、森林は全てのエネルギー源で、貴重な資源でした。しかし、灯油やガス、電気が普及して、木が二束三文にしかならない時代になりました。手入れをしなくなったことで山は荒れ、山を持っている人はみんな、自分の山をどうしていこうかと頭を悩ませています。私が話をすると、やってみたいという人がたくさんいるんです。オーストリアを含め、先進事例の視察に行く時には、そういった農山村地域の方たちにも声をかけてきました。実際に地域に住まう人たちと一緒に、地域から再生可能エネルギーの利用を進めるという夢を実現していきたいと思っているからです」

三浦教授の呼びかけや活動が実を結び、農家が冬に薪材の販売を始めるなど、地域住民にも徐々に、しかし確実に、変化が起きているそうです。再生可能エネルギーの可能性は、日本の農山村地域にこそある――三浦教授の確信は、近い将来きっと、現実のものとなるに違いありません。

    

Profile

三浦秀一(みうら しゅういち)
東北芸術工科大学 デザイン工学部 建築・環境デザイン学科 教授

早稲田大学理工学部卒業。1992年同大学院博士課程修了。東北芸術工科大学講師、准教授を経て、現職。地球温暖化をはじめとする環境問題から、人、住まい、まち、地球のつながりを見つめ直し、新しい住まいやまちの未来を提案している。近著『研究者が本気で建てたゼロエネルギー住宅』(農文協、2021年)など、著書多数。

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