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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

「二酸化炭素と短寿命気候汚染物質(SLCPs)の削減が、2050年の世界を救う近道」 〜2021年ブループラネット賞受賞者・ラマナサン教授に聞く〜

環境問題の解決に貢献した研究者に贈られる地球環境国際賞「ブループラネット賞」。2021年の受賞者のひとりが、カリフォルニア大学のヴィーラバドラン・ラマナサン教授(米国)です。教授は、1975年、二酸化炭素以外にも地球温暖化物質が存在することを発見、当時の常識を覆しました。以降、CFCs(フロン)だけでなく、昨今注目の集まるHFCs(代替フロン)やメタンなど「短寿命気候汚染物質(SLCPs)」の研究を続け、その削減の重要性を訴え続けています。受賞を記念し、最新の研究成果と、世界に向けたメッセージを伺いました。(取材日:2021年9月24日))

CFCs(フロン)にはCO2の1万倍の温暖化効果があることを発見

2021年ブループラネット賞受賞者・ヴィーラバドラン・ラマナサン教授(米国)
2021年ブループラネット賞受賞者・ヴィーラバドラン・ラマナサン教授(米国)

2021年、ブループラネット賞を受賞した、カリフォルニア大学サンディエゴ校スクリプス海洋研究所のヴィーラバドラン・ラマナサン教授(米国)。地球温暖化に二酸化炭素(以下CO2)と同様に悪影響を与える物質を発見し、それらの研究を続けてきました。

「現在、地球温暖化問題について語る時、人々はまず化石燃料の燃焼によるCO2排出のことを考えます。実際1975年までは、科学者たちもみんな"CO2の排出が最も憂慮すべき問題だ"と思っていたのです。しかし、1975年に大学院をでたばかりの私は、温室効果ガスが他にもあることを発見しました。その時私が特定したのは、クロロフルオロカーボン類です。例えばCFC11やCFC12と呼ばれるものがあり、商標はフレオン11と12です」

クロロフルオロカーボン類(CFCs)とは、日本では「フロン」の名で知られ、炭素、塩素、フッ素原子を含む化合物の総称です。自然界には存在しない人工物質で、1928年、冷蔵庫などの冷媒に理想的な気体として開発されました。油を溶かし、蒸発しやすく、不燃性で人体に影響がないという特性から、断熱材や精密機器の洗浄剤、スプレー缶に充填されるガスなどにも活用され、1960年代以降、先進国を中心に爆発的に消費されていました

「当時CFCsが大気中に排出される主な発生源はスプレー缶と冷蔵庫でした。私が論文を出した1年前に、ローランドとモリーナという二人の大気化学者がCFCsは上空で分解し、オゾン層の破壊につながると発表したのです」と教授は語ります。

「私は1975年の論文で、CFCsは地表からの赤外線による熱を閉じ込めると報告しました。これは、オゾン層への影響とは全く別の影響です。大気中1トン分のCFC11やCFC12には、1万トン分のCO2と同じ効力があることがわかったのです。これは、科学界への爆弾のような発見でした。科学界に認められるまで何年もかかりました」(ラマナサン教授)

その後、CFCsは、1987年採択された「モントリオール議定書」により、生産・消費・貿易が国際的に規制されることになりました。モントリオール議定書はCFCsのオゾン層への影響のために採択されましたが、CFCsには温室効果もあることから、現在ではこれまでで最も成功した気候変動対策だったと言われています。

※参考:経済産業省「フロンとは」 https://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/ozone/outline_dispotion.html

「短寿命気候汚染物質(SLCPs)排出削減に、温暖化抑制のチャンスがある」

CO<sub>2</sub>以外にも気候温暖化を進める物質がある。円の大きさは「閉じ込める熱の量」を示す(各物質の温暖化効果とは一致しない)。(2010年データ・ラマナサン教授提供)
図1 CO2以外にも気候温暖化を進める物質がある。
円の大きさは、各物質の温暖化能力と大気中濃度から求めた大気中で各物質が「閉じ込める熱の量」を示す。(2010年データ・ラマナサン教授提供)*画像をクリックすると拡大します。

現在では、ラマナサン教授が発見したCFCs以外にも、温暖化効果のある物質が存在することがわかっています。それらのうち、大気中に滞留する年数が比較的短いものは「短寿命気候汚染物質(SLCPs:Short-Lived Climate Pollutants)」と呼ばれます。メタン(CH4)、クロロフルオロカーボン類(CFCs)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、対流圏オゾン(O3)とブラックカーボン(BC・いわゆる煤)です※1。 最初の三つは気体、ブラックカーボンはエアロゾルと呼ばれる微粒子です。これらに対してCO2は、大気中に排出されると50%ほどが約100年、20%ほどが約1000年滞留するため、長寿命気候汚染物質と呼ばれています。

ラマナサン教授は、CO2とSLCPsの関係性、そしてそれらが地球を暖めるしくみを「寒い冬の夜の暖かい毛布」に例えます。

「身体にかけられた毛布は、体温を閉じ込めて身体が発した熱を逃しません。同じように、温室効果ガスが毛布となって、地球をすっぽり覆うのです。熱が外に逃げるスピードを下げるので、地球の温暖化が進みます。CO2という長寿命の毛布があることはすでに知られていましたが、私の研究で、それ以外にも毛布があることがわかりました。

CFCsの代替として使われているHFCs※2の平均寿命は約10年、メタンは約11年、オゾンは数カ月です。ブラックカーボンはガスではなく微粒子のため、地球からの熱は取り込みませんが、太陽からの熱を吸収し、温暖化を進めます。その寿命は数週間未満ですが、大気汚染物質であり毎年、何百万人もの人が亡くなる原因となっています。大気中の寿命が約10年以下のものは、短寿命気候汚染物質(SLCPs)と呼ばれます。私は2010年に論文で、科学界に、CO2の排出削減に加えて、SLCPsの排出削減を気候問題の解決策として発表しました。ブラックカーボンによる温暖化効果は、数週間以内で、メタンやHFCsの場合には数十年でなくなります。そこに温暖化をずっと早く抑えるチャンスがあるのです」

※1 参考:国立環境研究所「国環研ニュース」2019年度 38巻3号 https://www.nies.go.jp/kanko/news/38/38-3/38-3-03.html

※2 HFCs:ハイドロフルオロカーボン類。日本では、「代替フロン」とも呼ばれる。対してCFCsやその後出てきたハイドロクロロフルオロカーボン類(HCFCs)は「特定フロン」と呼ばれる。どちらも、炭素、塩素、フッ素を含む化合物の総称である。2021年現在、代替フロンの削減は国際的課題となっており、フロン類を用いないクリーン冷媒やノンフロンと呼ばれる冷媒への移行が急がれている

寿命が短く温暖化効果が高いSLCPsは、2050年までの気温上昇を抑える鍵

2100年までの気温上昇予測のグラフ(ラマナサン教授提供)
図2 2100年までの気温上昇予測のグラフ(ラマナサン教授提供)*画像をクリックすると拡大します。

教授は、地球温暖化の問題において、CO2にしか焦点が置かれていないことに警鐘を鳴らし続けています。CO2は主要な温暖化物質ですが、SLCPsは、短寿命であるという特性のほかに、温暖化効果が極めて高いという特性も持っています。CO2の温暖化の効果を1とした場合、メタンはその25〜100倍、ブラックカーボンは500〜2000倍、冷媒として使われているHFCsは2,000倍も強力な温暖化効果を持つそうです。SLCPsの排出量を減らせば、温暖化がすぐに抑制されるだけでなく、大気中のエネルギー吸収量も急激に減らすことができる、と教授は語ります。

「このまま世界が何も対応しなかった場合、2040年には平均気温の上昇は2℃を超えるでしょう。では、CO2を今から減らし、2050年にカーボンニュートラルを目指すとどうなるか。しかしそれでも、気温上昇の予測曲線は、この先30年下降せず上昇し続けます。排出を削減しているのになぜ?と思うでしょう。ここで忘れてはいけないのは、CO2が長寿命であることです。私たちはすでに、2兆トン以上のCO2を排出し、その約半分が大気中に蓄積しています。今日排出を減らしたところで、すでに1.1兆トンものCO2の毛布があり、100年はそこに居続け、温暖化の効果は続くのです」

対してSLCPsは、2021年から排出を抑えれば、すぐに大気中から減っていくため、変化は顕著に現れます。5〜10年の間で気温上昇を抑えられると教授は言います。

「現状の問題は、CO2にしか焦点が置かれていないことです。それだけでは破滅的状況は避けられません。この先30年の間の気温上昇を抑えるには、CO2とSLCPsの排出を両方ともゼロにするしか方法はないのです。

私たちは、2050年までに温暖化を遅らせる対策を取り、2100年までに気温の上昇を止めて、最終的に世界の平均気温の上昇を1.5℃以下に抑えなくてはなりません。この10年、私は3つの対策を提唱してきました。まずは今すぐSLCPsとCO2を削減すること。そうすれば10年以内に温度上昇はゆるやかになり、2050年までの温暖化速度は半分になります。

さらに、2050年までにCO2排出量ゼロを達成すれば、今世紀後半には温度上昇が止まります。これらが今やらねばならぬ対策で、その上で3つ目の対策も必要です。それは、2070年までに2500億トンのCO2を大気中から分離することです」

「我々科学者は、人々にどう語りかけるか考えなければいけない」

ラマナサン教授
ラマナサン教授

CO2とSLCPsの削減を同時に進める方法として、教授はいくつかの重要な視点を挙げています。

まずは、化石燃料からの脱却です。化石燃料は、CO2だけでなくSLCPsの排出源でもあります。石油に比べて環境負荷が低いとされることもある天然ガスの主成分はメタン。教授によれば、メタン排出量の10〜15%は、天然ガスの配管からの漏出に起因するといいます。また、化石燃料を燃焼するディーゼル車は、ブラックカーボンを排出し、大気汚染と温暖化を促進しています。

ターゲット層を絞った対策も必要です。世界人口の40%を占める30億人の貧困層は、化石燃料を手に入れることができず、薪や糞、石炭を燃やして暮らしている、と教授。薪や石炭が不完全燃焼を起こすと、ブラックカーボンを含む黒煙や煤(すす)が発生します。また、国連環境計画(UNEP)によれば、先進国から途上国に輸出された品質の低い中古車が、大気汚染を招き、気候変動緩和の取り組みを妨げているとの報告もあります。教授は、化石燃料の使用をやめ、30億人の貧困層に、クリーンで手ごろな価格のエネルギーを入手するための資金提供ができればブラックカーボンはなくなると語ります。

教授は近年、「健康」という切り口にも注目しています。
「人間の健康に配慮したうえで、地球の健康を考えるのです。化石燃料は大気汚染をもたらし毎年400~1000万人もの命を奪っています。日本や中国、アメリカは地球や氷河を守るためではなく、国民の肺を守るため、大気汚染の対策を始めました。現状は化石燃料を燃やしながらフィルターを付けただけの一時的対策ですが、根本的に再生可能エネルギーに切り替えれば、大気汚染はすぐになくなります」

50年以上SLCPsの研究を続けてきた教授ですが、温暖化問題においてSLCPs対策が遅れている状況を、科学者が直接、人々に語りかける必要性を強く感じています。教授はこれまで、ローマ教皇のベネディクト16世、フランシスコやダライ・ラマ法王、インドの精神的主導者のアンマなど、さまざまな信仰指導者たちに働きかけ、気候変動の科学的な情報を伝えてきました。教授自身はヒンズー教徒ですが、他宗教の人々に話す時、宗教の違いは全く問題にならないと言います。

「説得したわけではありませんが、私が話をした方はみんな、こんなに科学的根拠があるとは知らなかったと驚きます。私は今、気候変動対策における効果的な方法は、宗教家との協働ではないかと考え始めています。我々科学者は、気候変動は間違いで、不確かなもので、気にしなくてよいと聞かされ続けている人々に直接語りかけ、変えることができます」

インタビューの最後に、教授に、若い世代へのメッセージをうかがいました。

「若者が立ち上がり、行動を起こしていることは明るい光です。私たちの世代も、君たちを守るよう頑張るけれど、君たちは声高に叫んで欲しい。同時に、自分自身を教育することも必要だと伝えたいと思います。私は最近、気候変動や自然保護、自然を崇拝して愛することを学ぶ教育プログラムに着手したところです。私は、この問題が解決することを信じています。でも君たちも役割を果たさなければいけません。ただ座っているだけではだめです。一緒に解決していきましょう」

本記事は、2021年ブループラネット賞特設サイトにて公開した、ラマナサン教授の対談インタビュー動画をもとに作成しました。ぜひ、対談インタビュー動画も併せてご覧ください。

2021年ブループラネット賞特設サイト https://www.af-info.or.jp/blueplanet/special2021/

※国連環境計画2020年10月26日発表:https://www.unep.org/news-and-stories/press-release/new-un-report-details-environmental-impacts-export-used-vehicles

Profile

ヴィーラバドラン・ラマナサン教授(米国)
カリフォルニア大学サンディエゴ校スクリプス海洋研究所 教授
気候持続可能性 エドワード A フリーマン寄附講座

短寿命気候汚染物質(SLCPs)と呼ばれる二酸化炭素以外の汚染物質の気候への影響を数十年に渡って研究。クロロフルオロカーボン類(CFCs)の非常に大きな温室効果を発見し、自身で統括した褐色雲(ABCs)に関する国際現地プロジェクトを通して、ブラックカーボンの気候への影響を明らかにするなど貢献。SLCPsの削減は温暖化を速やかに抑制し、大気汚染を大幅に改善することを示し、SLCPs削減のための国際的な活動を主導。2021年ブループラネット賞を受賞。

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