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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

地球環境問題は必ず解決できる。 共同提言は若者に向けた希望のメッセージ 〜ブループラネット賞創設30周年 受賞者共同提言特別インタビュー〜

2022年8月25日。浜離宮朝日ホールにて「ブループラネット賞創設30周年に際しての受賞者共同提言」が発表されました。歴代受賞者3名によって策定されたこの共同提言は、どんなプロセスで練られ、どのような思いが込められているのでしょうか。3名を代表して来日したエリック・ランバン教授(ベルギー)に、お話を伺いました。

対話を通じて感じた日本の若者が抱く不安。
「彼らに勇気を与える提言を作ろう」

2019年受賞者・エリック・ランバン教授
2019年受賞者・エリック・ランバン教授

「地球サミット」が開催された1992年、時を同じくして、地球環境国際賞「ブループラネット賞」は誕生しました。地球環境問題の解決に向け、科学技術の面で貢献した方を表彰してきました。そして今年2022年、30周年となる節目の年に、3名の歴代受賞者による「共同提言」が執筆・発表されました。

「私たちがまず決めたのは、ポジティブなメッセージにしようということです。つまり、問題を指摘するばかりではなく、望ましいビジョンを表現し、そこに至るための解決策を提示しようということでした」

と語るのは、共同提言執筆者のひとり、エリック・ランバン教授(ベルギー)です。受賞者共同提言は、2019年受賞者のランバン教授、2018年受賞者のブライアン・ウォーカー教授(オーストラリア)、2020年受賞者のデイビッド・ティルマン教授(アメリカ)の3名によって、共同で執筆されました。30周年の今回はひとつ、新しい試みを行いました。それは、受賞者の皆さんに日本の若者世代と対話をしていただくことです。

2022年の2〜5月にかけて、3名の受賞者は、受賞者共同提言と並行して進められた「ユース環境提言」プロジェクトメンバー(以下ユースメンバー)とのオンライン対話セッションに参加。その時に抱いた印象を、ランバン教授はこのように振り返ります。

「強く感じたのは、日本の若い人たちが非常に不安に思っている、ということ。これは、ウォーカー教授、ティルマン教授も共通で抱いていた印象です。ですから私たちは、共同提言を作るにあたり、彼らに勇気を与えるような、ポジティブなものにしようと決めたのです」

共同提言には、受賞者たちが対話で得た気づきが色濃く現れているパートがあります。若い世代との関わり方に言及したこの部分です。

"Civilizations are defined over the long term and need to have the welfare of future generations as a central goal. We need to listen more carefully to the voice of the young generation and pay attention to their messages. We need to encourage communication across generations and walks of life. We need to talk about the future and make it a subject of widespread debate that works its way up in society, to influence decisions by today's leaders.

文明は長い年月をかけて築かれるもので、重要な目標として将来世代の繁栄が含まれなければなりません。若い世代の声にもっと注意深く耳を傾け、彼らが発するメッセージに留意する必要があります。さまざまな世代、職業や地位の人々とのコミュニケーションを促す必要があります。未来について語り、社会的論点になるような広い議論のテーマとし、今のリーダー達の決断に影響を及ぼすことが必要です。"(受賞者共同提言)

ランバン教授は、このパートはとくに強調したかったポイントだと言います。

「日本の若者から、世の中に貢献したいと思って声を挙げても、トラブルメイカー扱いをされるというような声がありました。情熱を持って公共の利益のために活動する若者の行動は、尊重すべきものです。科学者も、政策立案者も、彼らの声に耳を傾けてサポートしていくべきです。そして、若い人たちにも我々をサポートしてほしい。一緒にやっていくことこそ、問題解決のためには必要だからです」

「行動」を生んでこそ、この提言の価値がある。若者の熱を高め、結束できるように

ディスカッション
シンポジウムでは、ランバン教授とユースメンバー3名によるディスカッションも行われた

ブループラネット賞が創設されて30年。この間に、地球環境問題を巡る状況は大きく変化してきました。地球温暖化は周知の事実となり、とくにこの数年は、熱波や山火事など人命に関わる異常気象が多発したことから、政策決定者から一般市民まで多くの人が地球環境問題に高い関心を寄せています。環境問題が人類の優先課題として認知されたことは、第1回ブループラネット賞受賞者の真鍋淑郎博士が、全く同じ受賞理由で2021年にノーベル物理学賞を授与されたことにも象徴されています。

旭硝子財団はこれまでも、10周年、20周年、25周年の節目に、受賞者による講演や共同論文、共同提言を行ってきました。環境問題を巡る状況が変化する中、現在2022年に共同提言を行う価値は、どこにあるのでしょうか。ランバン教授に尋ねました。

「こういう目標を作った、というところで終わらずに、行動を生むことが大切です。どんな小さなことでも、誰かの行動を起こし、気候変動を抑制するものになれば、この提言は役に立ったといえるでしょう。地球環境に関する様々な宣言、誓約、目標は数えきれないほど作られてきました。中にはとても良い目標もあったでしょう。地球を今すぐ救わなければいけない、そんな宣言はもう何十回もあったはずです。我々は今、そういった宣言を超えていかなければいけません。足りていないのは、断固とした行動なのです」(ランバン教授)

今回の共同提言は、環境問題の具体的事象を伝えることではなく、地球環境問題にどんな心持ちで取り組み、どう進んでいけば解決できるのかということに紙幅が割かれています。それはこの提言が、一般市民、とくに若者世代の熱意を高め結集して行動できるようにとの想いを込めて書かれているためです。

「例えば二酸化炭素の排出量の増加など、1つのデータだけに目を凝らすと、解決は無理だと途方に暮れてしまうかもしれません。しかし、もっと広い視野で、創造的に問題を眺めると、様々な選択肢が見えてくることがあります。実態を把握して心配することと、鳥瞰して解決方法を生み出すための希望を持つこと、この2つを行き来することが、行動を起こすための鍵なのではないかと思います」(ランバン教授)

「望まない未来を回避」「問題は必ず解決する」受賞者3名の想いと研究が結集

ブライアン・ウォーカー教授。デイビッド・ティルマン教授
8/25のシンポジウムでオンライン講演するブライアン・ウォーカー教授。デイビッド・ティルマン教授はビデオメッセージで講演

受賞者共同提言は、ミーティングで大枠と方向性を定めた後、ランバン教授が作った草案に、ウォーカー教授、ティルマン教授が文章を追加、その後全員で文章を練り上げていくというプロセスを経て決定されました。異なる分野の研究者3名ですが、提言を作るにあたり、大枠の意見は一致していました。異なったのは、強調点の違いです。

ウォーカー教授が訴えたのは、自身の研究テーマ「レジリエンス」の重要性でした。社会・生態系システムにおけるレジリエンスは、別の状態に移行せずに変化を受け入れることができる、あるいは撹乱を吸収できる許容力を意味します。ウォーカー教授は、絶えず変化する世界で、望まない方向に変わらされないために、どこで・どのように変わっていくべきかを知ることがレジリエンスの研究テーマだとも語っています。提言発表と同時に行われた講演でも、教授は「崩壊と再構築の間の一瞬の機会に備え、我々は変革しなくてはならない」と聴衆に呼びかけました。

「大きな崩壊、大規模な環境問題が起きた時、システムがうまくいかない時は変革のチャンスなのです。しかし、その機会は一瞬で、逃せばまた過去のシステムに戻り、停滞と崩壊のスピードは加速して行きます。私たちは機会を逃さないよう、どう変わるべきか考え、準備を整えておく必要があります」(ウォーカー教授のシンポジウム講演より)

もう一点、ウォーカー教授がレジリエンス研究に基づいて盛り込んだポイントがあります。常に変わりゆく世界で、将来を予測することは不可能。だからこそ、教授は、複数の将来像を持ち、何がベストかは定めずに、「望まない未来を回避する」ことで合意して進んでいくことを提案しています。

一方、ティルマン教授が本提言において強調したのは「問題は必ず解決できる」という点です。ランバン教授は「ティルマン教授は、3人の中で最も楽観的で明るい話し方をしていました。20〜30年のうちに、必ず環境問題は解決できると強く主張されたことは、大変印象的でした」と振り返ります。そして最終的には、全員の共通の考えを反映した、納得のいく提言となったとのことです。

合理性から倫理性へ。「人として」の選択が、幸福な未来をつくる

インタビューに答えるランバン教授
インタビューに答えるランバン教授

本提言には、繰り返し「価値観(values)」という言葉が登場します。とりわけ、道徳的価値観に言及された提言最後の一文は、とても印象的な結びとなっています。

"Our future needs to be defined by the moral values we want to enshrine in our human existences.

私たちの未来は、人間という存在の中に大切なものとして守っていきたい道徳的価値観によって築かなければならないのです。"(受賞者共同提言より)

価値観の重要性に言及した理由を、ランバン教授はこう話します。

「産業革命は、技術ありきの革命でした。まず技術があり、我々は、その技術でできることはなんでもやろう、発展しようとしました。これにより確かに文明は発達し、人類は繁栄したかもしれませんが、同時に個人主義と物資主義も蔓延していきました。物質的所有を目標に内包する資本主義という形式には、限界が見え始めていると思います。実際に大事な進め方は、道徳的観点から望ましい未来を描き、そこに向かっていくことです。技術に振り回されず、本当の価値観に基づいてどんな社会にしていくのかということが、大事なことなのです」

ランバン教授の言う「本当の価値観」は、提言の冒頭で触れられています。共感、正義、持続可能性、そして知識(empathy, justice, sustainability, and knowledge)。これらは、私たち人が、人として大事にすべきもの、倫理観ともいうべきものです。さらに、ランバン教授は、「rational(合理性)」と「reasonable(倫理的に妥当)」の違いを強調していきたいのだとも語ります。

「科学的、技術的観点からいうと、rationalであるとは、目指す道徳的な目標はないけれど、最も効率的で合理的な方法で物事を進めること。一方reasonableであるとは、まず道徳的価値観に基づいて最終目標を設定し、その目標に向かって行動することです。その目的は、道徳的価値観に基づいて目標を設定し、reasonableなやり方でその目標を達成することです。この違いを大事にしたいのです」

「rational(合理性)」と「reasonable(倫理的に妥当)」、どちらに立つかという問題は、途上国の発展のあり方に大きく影響します。倫理的価値観に基づいて社会が発展していく場合、文化・社会背景が違えば、異なる道筋が存在し、それぞれに最も良いと思う方向に多様に発展していきます。単に合理的な発展を目指すのであれば、ヨーロッパや北米の先進国が進んできたただ1つの道をなぞることになります。そしてそれは、大きな環境問題を引き起こしてきた発展の道のりでもあります。

「発展の道のりが多様であるためにも、私たちはただ合理的であるだけの罠から脱し、むしろ倫理性を重視する方向を目指して舵を切るべきなのです」(ランバン教授)

産業革命後、二酸化炭素濃度は50%以上増加し、世界の平均気温はすでに1℃超上昇しています。後戻りできない転換点が間近に迫る今、私たち人類の価値観こそが、転換を迫られています。しかし、忘れてはいけないのが「地球環境問題は必ず解決する」という受賞者からの希望の言葉です。楽観的に、創造的に。皆で取り組めば、私たちはきっと、望ましい未来を、実現できるはずです。

共同提言全文はこちら

Profile

エリック・ランバン教授(ベルギー)
スタンフォード大学教授
ルーヴァン・カトリック大学教授

世界的規模での土地利用の変化、その生態系への影響や土地利用政策の有効性を衛星リモートセンシング技術と独自の時系列解析手法を用いて調査。社会経済データと結び付けて経済活動との関係も明らかにし、公共機関や民間企業における森林保護のための土地利用方針に大きな影響を与え、森林認証制度の活用やグリーン購入/調達の推進へ科学的根拠を提供した。グローバル規模での経済活動の持続可能性を改善するため、人々の行動と土地利用の統治管理の促進に大きく貢献。2019年ブループラネット賞を受賞。

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