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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

地震、台風、豪雨......情報の「見える化」で被害を防ぐ。防災×DXの最前線

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Shutterstock / photobyphotoboy



地震、台風、豪雨......地形や地質の特性も相まって自然災害が多い国、日本。

令和5年版の防災白書でも、気候変動による豪雨災害の頻発、激甚化が指摘されているように、日本の災害リスクは年々高まっているといえるだろう。

世界規模の災害データベース『EM-DAT』の構築を通じて多くの自然災害を見てきたデバラティ・グハ=サピール教授は、以前のBusiness Insider Japanのインタビューで、「災害の被害を最小限にするには、広範なデータ連携が欠かせない」と指摘している。

そこで、あらゆる自然災害を対象に、総合的な防災研究を行う国内唯一の国立研究開発法人「防災科学技術研究所」の臼田裕一郎氏に、日本の災害対応の課題やデジタル化を図ることによる次世代の防災・減災について話を聞いた。


地震や豪雨......分野が異なる災害を「まとめる」役割

防災科学技術研究所 総合防災情報センター長
防災科学技術研究所 総合防災情報センター長の臼田裕一郎(うすだ・ゆういちろう)氏。

茨城県つくば市に本所をおく防災科学技術研究所(以下、防災科研)では、災害データの分析や予測の研究を行っている。

地震や豪雨を再現する実験施設などもあり、最近では、ゲリラ豪雨の際にドローンや自動運転の車が正常に作動するかなど、社会の進化を反映した研究も増えているという。

そんな防災科研の中で、災害時の情報共有の研究開発や社会展開を進めているのが、総合防災情報センターだ。センター長の臼田裕一郎氏は、その目的を次のように語る。


「自然災害には、地震や津波、火山噴火による災害や、風水害、雪害などがあり、それぞれが個別の災害分野で研究されています。

それらの研究成果は分野ごとに情報の精度や表現の仕方などが異なるため、総合的に見て防災に活かすことが難しい状況にあります。

防災には、"予防"、"対応"、"回復"という3つのフェーズがありますが、総合防災センターは、さまざまな情報をこの3つに当てはめて再編し、防災に役立つ形に整理する役割を目指しています」(臼田氏)


東日本大震災での「苦い経験」

(写真はイメージです)
(写真はイメージです)
Shutterstock / austinding


同センターで研究・運用を進めているシステムが、『SIP4D(エスアイピーフォーディー:基盤的防災情報流通ネットワーク)』だ。

『SIP4D』は、特に災害時の"対応"に焦点を当て、必要な情報を各所から収集し、利用しやすい形式に変換して迅速に配信する機能を備える。組織を超えた防災情報の相互流通を可能にする、いわば「各機関と現場をつなぐパイプライン」である。

そもそもこの「パイプライン」が整備されていないと、どのような事態が起こるのか。臼田氏は、東日本大震災で社会として経験した悔しい出来事を語ってくれた。


「東日本大震災発生時、DMAT(災害派遣医療チーム)が出動しました。

DMATは医療組織なので、どの病院が被災したかの情報はかろうじて入ります。

しかし、病院に医療チームを派遣する際のスムーズな動線や効率的な搬送方法など、道路状況についての情報がなかったのです。

結果として、適切な医療を受けられなかった患者さんもいらっしゃったそうです。

災害発生事、警察、消防、自衛隊などの各組織はそれぞれの任務のため一斉に動き出します。

みなさん必死で災害対応に従事されていますが、その際の情報源は、自らの組織が持っている情報がメインです。

分散されている情報が全体最適化された上で共有されていれば、効率的な災害対応に役立てることができるはず。

そういった課題を解決するのが『SIP4D』なのです」(臼田氏)


防災情報を集めてつなぐ。『SIP4D』とは何か

提供:防災科研
『SIP4D』は、府省庁から始まり、現在は都道府県や指定公共機関である民間企業などとも連携。避難者情報、気象情報、JAXAの衛星画像、道路被害状況、電力会社の停電情報、通信会社の通信状況、民間企業のドローン画像など、さまざまな分野の情報が集まっている。
提供:防災科研


情報を必要な場所にスムーズに届けるには、同時並行で活動する組織が把握している状況を、適切に共有することが鍵となる。

情報を持っている組織は、『SIP4D』に情報を提供。各組織の情報フォーマットは異なるが、パイプライン内で標準化される仕組みだ。

情報が必要な組織は、そのパイプラインから標準化された情報を取り出せばいい。


「以前の情報共有のやり方は、情報の提供側と利用側で個別にフォーマットややり取りの仕方を調整する必要がありました。

しかし『SIP4D』がパイプラインとなってその調整を一手に担うことで、情報が多組織間で流通する。全体として非常に効率的な仕組みなのです」(臼田氏)


『SIP4D』によって情報が共有されると、どういった災害対応が可能になるのか。臼田氏が挙げたのは、2018年の大阪府北部地震の事例だ。


「現場のガス会社は、広範囲のガスの復旧情報を持っていました。一方、大阪府は避難所の場所と人数を把握していました。

この二つの情報が『SIP4D』で流通し、重ね合わせることで、ガスが復旧しておらず入浴できない避難者の分布が分かったのです。

結果、自衛隊の入浴支援もスムーズに行うことができました。

このように情報が流通・共有されると、それを組み合わせてまた別の機関が意思決定できるようになり、効率的な動きにつながります」(臼田氏)


現場に来るだけの研究者は「迷惑」と言われ......


災害情報を活用する取り組みとして、世界的に知られるシステムがある。1988年に始まった、大規模災害に関する初のデータインフラである『EM-DAT』だ。

開発を主導したデバラティ・グハ=サピール教授は、環境問題の解決に向けて貢献した個人や団体を毎年2件表彰する、「ブループラネット賞」(主催・旭硝子財団)の2023年受賞者に選ばれている。

『EM-DAT』の主な目的は、災害の客観的なデータベースを提供することで、国内や国際レベルの人道的行動の支援や意思決定の合理化を図ることだ。

現場での情報共有を第一義とする『SIP4D』とはアウトプットのしかたに違いはあれど、臼田氏は「同じような課題、発想から作られていると感じる」と話す。

グハ=サピール教授のインタビューで共感したのは、「著名な研究者たちからは、世界中から統一した形でのデータ収集などできるはずがないと否定された。災害対応のボランティアの人たちからも、人命救助を最優先とすべき場で、科学は二の次だと非難されたこともある」というグハ=サピール教授の苦悩だ。


「以前、我々も災害現場で同じようなことを言われました。

"現場に来て話をして写真を撮って帰るだけの研究者は迷惑。その研究は次の災害には活かせるかもしれないが、現場では今、役立つものが欲しい"と。

この言葉は、大きく発想を変えるきっかけになりました。そこから私たちは、災害時は現場に入ってできる限りの災害対応を一緒に行いながら、研究すべき課題やニーズを得て、さらなる研究につなげる『アクションリサーチ』のスタイルをとっています」(臼田氏)


2016年の熊本地震では、発生翌日に現場に赴くも最初は災害対策本部に入ることはできず、廊下に長机とパイプ椅子を設置して活動した。

写真提供:防災科研


そこで本部に出入りする府省庁や行政、公的機関の人たちと会話して情報を得て、橋渡しをすることを地道に行った。臼田氏は「いわば、人力の『SIP4D』だった」と振り返る。

こうした現場に根ざした活動が実を結び、個別組織の情報をつなぎ共有する重要性を理解してもらうことで、『SIP4D』の実現へとつながっていったという。


データの相互共有で、災害対応を変える

前述のインタビューで、グハ=サピール教授は「日本で異常気象に対処するにあたり、3つの大きな問題がある。熱波、高齢化、そして一時的な大気汚染だ」とも語っている。

特に熱波は、臼田氏も懸念する自然現象だ。


「熱波は日本の災害対策基本法に明記されておらず、自然災害として扱われにくかった部分です。

しかし、実際に熱波が熱中症などで社会や人に影響を与えている以上、我々はこれも自然災害として研究を進めたいと考えました。

そこで、2023年7月にNIES(国立環境研究所)と協定を結び、いくつかの分野で連携することになったのです。

その一つが、NIESが運用する『A-PLAT(気候変動適応情報プラットフォーム)』と『SIP4D』の連携。『熱中症警戒アラート』の元となっている暑さ指数データの共有を皮切りに、議論を始めています」(臼田氏)


組織や分野の垣根を超えた連携を進め、進化を遂げてきた『SPI4D』。臼田氏は今後、「先手を打つ」観点での活用も考えている。

「例えば豪雨の場合、降水量の予測から浸水可能性のある範囲を想定し、そこから被災建物数や被災者数を推定することができます。

これに各自治体の職員数を照らし合わせると、職員1人当たりで何人の被災者を抱えることになるのかが分かってくる。

このような客観的な指標に基づいて優先的な支援が必要な自治体を見極めることで、災害が起こって身動きがとれなくなる前に派遣職員を配置しておくなど、先手を打つ事前準備ができます。

災害支援は、報道が多い地域に偏ったり、有力者の鶴の一声で決まってしまったりするケースも少なからずあります。

客観的な指標で、本当に支援が必要な地域を見極められるのは大きなメリットです」(臼田氏)

さらに見据えるのは、『SIP4D』のその先だ。臼田氏は「『SIP4D』が木の根だとすると、根が吸い上げた情報が幹へと上がり、枝葉に届く仕組みが重要になる」と語る。

情報を共有する『SIP4D』は、基本的には後方支援型の仕組みだ。臼田氏は、災害対応の一義的責任を持つ基礎自治体、さらには被災者一人ひとりにまで情報が届く仕組みが必要だと考えている。

そのためには、府省庁や自治体といった公的機関だけなく、さまざまな民間企業、開発者との共創も重要だ。そのような議論を深めていこうと、臼田氏は2023年に防災DX官民共創協議会の理事長に就任。防災DXの推進に力を入れている。


「自然災害に対する防災は、自らの身は自ら守る『自助』が基本です。公助は必ずしも万能ではないということを理解し、自分自身の防災力を高める意識を持っていただきたいと切に思います。

テレビなどで災害の現場を目にしたときには、『もし、同じことが自分が住んでいる場所で起こったら......』と想像することが大事です。

みんなが自然災害と防災に関心を持ち、知りたい情報を知ることができて、自らの安全を確保する判断をしていく。

一人ひとりが災害に強くなり、日本全体の防災力が高まるよう、後押しをしていきたいです」(臼田氏)

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Business Insider Japan掲載記事

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