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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

マイクロプラスチックは地球に影響を及ぼす。プラスチックのライフサイクルを再考し、より賢い利用を

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2023年ブループラネット賞を受賞したイギリスの科学者グループは、プラスチックが海に流れ込み、マイクロプラスチックとして知られる小さな粒子になり、海洋環境に重大な害を引き起こすことを明らかにしました。2023年5月に行ったインタビューと2023年10月の来日講演より、マイクロプラスチック問題について現在わかっていることを知り、これから私たちが取り組むべきことを考えます。

小さなプラスチックの粒に注目。「マイクロプラスチック」の発見へ

2023年ブループラネット賞受賞者
(左から)リンデキュー教授、トンプソン教授、ギャロウェイ教授(写真:本人提供)

近年、国際的課題として認識されている海洋プラスチック問題。プラスチック廃棄物は川を通じて海に流れ、陸地から直接流れ込み、海洋環境に蓄積し、ほとんど分解しません。イギリスのプリマス大学海洋研究所の所長であるリチャード・トンプソン教授は、海洋に微細なプラスチックの破片が数十年かけて蓄積することを最初に発見した科学者です。教授は、これらの小さな破片を「マイクロプラスチック」と名付け、説明しました。

トンプソン教授がマイクロプラスチックの存在に気がついたのは、1990年代のことでした。当時、海洋環境で実験をしていたトンプソン教授は、毎日のように海岸に行き、そこに蓄積していたプラスチックごみを集めていました。ある時、ボランティアグループと一緒に大規模にビーチの掃除をしていたところ、トンプソン教授はあることに気がつきます。

「浜辺にはたくさんの小さなプラスチックの粒が、拾われずに残されていました。もちろんゴミとしてカウントされてもいませんでした。その時私は、まるで"ないもの"のように扱われているこの小さなプラスチックが、じつは大きな問題なのではないかという予感がしたのです。その後10年、私は、学生たちとともに、小さなプラスチックに注目してコツコツと収集と分析を続けました」

そして、トンプソン教授がその成果を筆頭著者となって書かれた論文が、2004年に発表した「Lost at Sea: Where Is All the Plastic?(海で行方不明、すべてのプラスチックはどこへ行った?)」です。これがマイクロプラスチックの存在を世界に知らせた初めての論文となりました。この論文は大きな反響を呼び、世界の至る所でマイクロプラスチックの調査が開始されることに。その結果、現在では、どこでどのようにマイクロプラスチックが存在しているのか、徐々に明らかになってきました。そして現実は、トンプソン教授の予想を遥かに超えたものでありました。

「都市に近いビーチだけでなく、人間が一度も訪れたことのないような深海にも、陸上で最も高いエベレストの山頂近くの高度8400メートル地点にも、マイクロプラスチックが蓄積していることがわかりました。北極の海氷の中にも存在しており、私はその濃度に大変驚きました。マイクロプラスチックの濃度が都市部など人口の多いところよりも高かったのです。さらに、マイクロプラスチックは自然環境だけでなく、魚などの生物の体内にも存在していることもわかってきました」(トンプソン教授)

マイクロプラスチックの危険性とは?体内に蓄積し、機能障害を引き起こす可能性

 タマラ・ギャロウェイ教授
エクセター大学のタマラ・ギャロウェイ教授は、生態毒性学が専門。マイクロプラスチックの生物への影響を明らかにしてきた

グループの3人のなかで、マイクロプラスチックの生物に対する影響を研究してきたのが、エクセター大学(イギリス)のタマラ・ギャロウェイ教授です。

教授は、「マイクロプラスチックは、プラスチックポリマー粒子が物理的に存在していることと、化学添加物や周りから吸収した汚染物質を体内へ放出することによって有害な影響を引き起こす可能性があります。 食べ物や水を介しての体内への摂取、または汚染された空気から微細繊維を吸入する摂取により、組織や細胞の損傷や腸内細菌群の変性が起きる可能性があります。さらに、より小さなマイクロプラスチックは腸内膜を通り抜けて器官に入り、そこで炎症反応を引き起こしたり、細胞がかかわるプロセスに干渉したりする可能性もあるのです」 と話します。

「人間の体内に、実際にどれだけのプラスチックが蓄積しているのか、はっきりとしたことはわかっていません。人間の生体モニタリング研究によれば、多くの人々が微小プラスチックを便によって排泄しており、被験者すべてが、プラスチックに用いる添加物の少なくとも1種を体内に有していました。これは、汚染が広がっていることを示しています。また、別の実験研究で、動物が容易にマイクロプラスチックを摂取し、その中でもより小さなマイクロプラスチックは血球に吸収され体内を循環する、ということもわかっています。イガイ(ムール貝)を用いた実験では、マイクロプラスチックが体内で48日以上にわたって検出されました。その間にイガイが食べられたとしたら、イガイの体内のマイクロプラスチックも食物連鎖に取り込まれることになるでしょう」(ギャロウェイ教授)

ギャロウェイ教授は、マイクロプラスチックで汚染された環境でマリンワーム(多毛類)を培養する実験も行いました。その結果、マリンワームは食べる量が減少、食べ物が腸を通過するスピードも遅くなり、血球に炎症性反応も見られました。

「マイクロプラスチックは、複雑な汚染物質です。プラスチックには、UV防止や抗菌性などの機能を付与するため、様々な化学物質が添加されていることが多いのです。マリンワームの実験では、マイクロプラスチックからマリンワームの体内に放出されたフタル酸エステルといわれる可塑剤の量を測定しました。この物質は、ホルモンや免疫系へ影響したり、動物の成長と繁殖能力へ悪影響を与えたりする可能性があります。これは海洋生態系に深刻な影響を及ぼす可能性があるのです」(ギャロウェイ教授)

プラスチックは悪ではない。使用したその後を考えてこなかったことが問題

トンプソン教授(左)、リンデギュー教授
2023年10月5日東京大学で講演後に聴衆からの質問に答える、トンプソン教授(左)、リンデギュー教授(右)

では、私たちは、プラスチックとどのように付き合えば良いのでしょうか。トンプソン教授は、「プラスチックは、便利で使いやすく、手頃な値段の素材であり、多くの社会的利益を提供しています。プラスチック自体は、素晴らしい資源だと考えるべきです」と言います。トンプソン教授らは、使用を終えた後にプラスチックがどうなるか、設計と製造の段階で適切に考慮してこなかったことこそが、問題の本質であると考えています。

「生物の中に潜り込むことができる、マイクロメートルサイズのプラスチックの粒。その一例は、角質除去や洗浄効果を高めるとして、化粧品や洗剤に含まれていたマイクロビーズです。私のところの博士課程の学生が、ある化粧品の瓶を調べたところ、ひと瓶に300万個のマイクロプラスチックが入っていたことがわかりました。洗顔の際に使われたマイクロビーズは、水に流され、海へと流れ込むかもしれません。一旦海に入れば回収はほぼ不可能で、海中に存在し続けます」(トンプソン教授)

トンプソン教授らが論文で示した研究はイギリスの議会で取り上げられ、結果的に欧州におけるマイクロビーズの使用禁止の流れへとつながっていきました。しかし、トンプソン教授は憤りを口にします。

「マイクロビーズの特許は、私たちが研究する50年も前に申請されていたのです。誰かひとりでも、その時に、この小さなプラスチックの粒が、どこへ辿り着くのか考える人はいなかったのでしょうか。それが起こる前に、数百万トンのプラスチックが環境に放出されるのを防ぐことができたかもしれません。私は、問題が発生してから発見して対処するのではなく、業界と科学者が協力して、問題が発生する前に防止する取り組みを行うべきだと考えています」(トンプソン教授)

実際、例えば繊維産業では、プラスチック繊維を放出しにくい衣服のデザインにすることが可能であり、これはすでにトンプソン教授らの実験で実証されているそうです。放出されることに目をつぶらず、どのようにしてその量を抑えるのか。または環境に影響の少ない素材に切り替えることができるのか。長期的な視点を持って生産し、始めからマイクロプラスチックの発生を抑制することが、マイクロプラスチック問題を解決に導くひとつの答えだとトンプソン教授らは考えています。

サーキュラーエコノミーが解決策。「減らす」ことを第一に考える

贈賞
10月4日の表彰式典に参加した、トンプソン教授、リンデキュー教授。左は旭硝子財団の島村理事長

ペネロープ・リンデキュー教授は、プリマス海洋研究所の分子海洋生物学者で、中でも海洋生物、生態プロセス、河口および沿岸生態系に対しての、マイクロプラスチックおよびその他の人為的汚染物質の生物学的利用能(薬物などが生体内に吸収されて利用される度合い)と影響について研究しています。とくに、小さくても生態学的に重要な海洋生物である動物プランクトンにマイクロプラスチックが与える影響に焦点を当てて研究を行っています。

「中でも、私たちは、カイアシ類に注目してきました。これらの動物プランクトンは、海洋食物連鎖において重要な役割を果たしており、植物(植物プランクトン)から商業的に重要な魚やクジラなどの大型動物など、より上位の栄養段階にエネルギーを供給しているためです。研究の結果、これらの動物プランクトンはマイクロプラスチックを取り込み、エネルギー貯蔵量の低下、繁殖力の低下が示されました。つまり、動物の個体数や集団に直接影響することがわかったのです。さらに、摂取されたマイクロプラスチックは、その化学的特性によっては、内分泌かく乱物質として働いたり、脱皮にも影響を与えたりすることもわかりました」(リンデキュー教授)

海洋環境におけるマイクロプラスチックとその動物プランクトンから海洋哺乳類に至るさまざまな動物への影響に関する研究を続ける一方で、リンデキュー教授は、さまざまな分野の研究者と協力し、衛星からプラスチックを見つけることに取り組むリモートセンシング、プラスチックの社会的コストを計算するための社会経済学者との連携など、この問題に対処するためのさまざまなアプローチを模索してきました。そのひとつはイガイによって水中のマイクロプラスチックを除去する方法で、これは一定効果があることが実験結果からわかっています。リンデキュー教授は、イガイを使ったマイクロプラスチックの回収は、浄化と海洋への流出を食い止めるのに役立つとしながらも、発生を食い止めることこそ最優先である、と強調します。

「マイクロプラスチックの発生を防ぐためには、循環経済への移行など、さまざまな解決策を検討する必要があります。直線型経済=リニアエコノミーでは、使用後に大量のプラスチックが廃棄されます。プラスチック製品の設計段階から廃棄段階までのライフサイクル全体を考慮した、化石燃料への依存度を低減し、製品の寿命を延長する技術革新を推進すべきであると私たちは考えています」(リンデキュー教授)

昨今の日本でも、サーキュラーエコノミーは一般的によく聞かれる言葉になりました。しかし、プラスチック容器やペットボトルのリサイクルなどの、使用後いかに生まれ変わらせるかという点にばかり目が向けられがちであるという実情があります。

「プラスチックは非常に分解が遅く、汚染物質を含み、また容易に吸収するため、リサイクルが困難な材料です。私たちは、まず生産・使用量を減らし、次に再利用・修理し、最後にリサイクルするという順番で考えていくべきです」とリンデキュー教授は語ります。

「リサイクルする際にも二酸化炭素の排出があり、廃棄物管理のシステムにもエネルギーが必要となるため、リサイクルは最優先事項ではありません。環境への漏出を防ぎ、生産と消費を削減し、再利用、修理、転用を支援するための戦略が必要です。リサイクルは、廃棄物の発生と廃棄物管理システムへの圧力を減らすための最後の手段と見なすべきです。また、設計者を奨励し、しっかりとした科学的根拠を使用して、環境に安全で、無毒で、化石燃料に依存しない次世代の革新的なプラスチックの開発を支援したいと考えています。そして、消費者の立場からはぜひ、断る=Refuse、というRも、3Rに加えたいと思います。不必要な包装などを断る、不要なものを購入しない、こうした行動が変革につながっていくと思います」(リンデキュー教授)

現在、国連環境総会の180カ国では、プラスチック汚染を減らすため法的拘束力があるプラスチック汚染に関する国際条約に向けて取り組むことで合意しています。海洋プラスチック問題は、ひとつの国で解決できる問題ではないため、国を超えた枠組みが作られようとしているのです。3教授とも、この国際プラスチック条約には大きな期待を寄せており、これが社会を変える契機になればと話します。

「廃棄後のことを十分に配慮したパッケージだけが、スーパーの棚に並ぶ。そんな未来も遠くないと私は思っています。マイクロプラスチックの危険性に世界が気づいた今、私たちにはできることがあります。賢くプラスチックを設計して利用していくこと。経済性だけを求めず、人間にとって大切なことを求めていくことで、マイクロプラスチック問題は解決していくはずです」(トンプソン教授)

Profile

リチャード・トンプソン教授、タマラ・ギャロウェイ教授、ペネロープ・リンデキュー教授
2023年ブループラネット賞受賞者

海洋中にマイクロプラスチックを発見し、その深海から高山にまで及ぶ分布を示した。また、動物プランクトンを含む海洋生物がマイクロプラスチックを摂取していることを明らかにし、マイクロプラスチックの海洋生物や生態系プロセスへの影響に関する理解が大きく進展した。この研究は世界中での法制定と行動に影響し、深刻化した海洋のプラスチック汚染の問題に対処すべく解決策を講じるよう国際社会に対して求めた。

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