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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

世界では再エネ発電量が急速に増加。「日本に、エネルギー効率化と再エネ転換でリーダーになってほしい」

2007年にブループラネット賞を受賞したエイモリ・B・ロビンス博士は物理学者で、約50年に渡って、エネルギー戦略について革新的な概念や技術を開発し、世界中に影響を与えてきました。日本を含む70ヵ国以上の政府や企業に提案を行い、エネルギーの効率化や再生可能エネルギーへの転換に貢献してきました。日本のエネルギー事情にも精通する博士に、エネルギー利用の未来について、お話をうかがいました。(インタビュー日:2024年2月6日)

中国を筆頭に、世界では急激に再生可能エネルギーが増加している

ロビンス博士近影写真(2023年撮影)
エイモリ・B・ロビンス博士。RMI(旧ロッキーマウンテン研究所)共同創設者、スタンフォード大学土木環境工学科非常勤教授(写真撮影:Judy Hill Lovins)

温室効果ガスの排出量を減らすには、エネルギー分野からのアプローチは不可欠――これはもはや国際社会の共通認識です。2023年11〜12月にかけて開催されたCOP28(第28回気候変動枠組条約締約国会議)では、そのアプローチの具体策として「2030年までに、世界全体で再生可能エネルギー(以下再エネ)設備容量を3倍・エネルギー効率の改善率を2倍」という宣言がなされ、日本を含む120ヵ国以上が賛同、合意文書も公表されました。

こうした現在のエネルギー戦略を1970年代から予見し、先駆的な概念や方法論を展開、希望ある道筋を指し示してきた物理学者、エイモリ・B・ロビンス博士は、エネルギー問題を楽観的に見ています。50年以上もエネルギーの持続可能性を探ってきた経験から、このCOP28の目標を2030年よりも前に達成できるだろうと話します。

「2023年の1年間で、世界で新たに追加された発電容量のうち、9割程度が再エネで、その発電量は500ギガワットでした。今、再エネ発電設備が急激に、誰も予測できないほどの速さで増加しています」(ロビンス博士)

背景には、再エネの発電コストが大きく下がっていることがあります。博士によれば、世界で目下最も安い電力は、太陽光発電プラス風力発電、さらにバックアップとして他の再エネを組み合わせたり、蓄電設備を利用したりする方法だそうです。

「昨年増えた500ギガワット以上の再エネ発電容量のうち半分以上は、中国によるもの。中国では安価に石炭を入手できるにも関わらず、太陽光発電と風力発電はより安い電力を作れるので、2023年には286ギガワットの容量を追加しました。一方、石炭発電は40 ギガワットの容量が追加されましたが、ほとんど稼働しない見込みで、原子力発電は 1 ギガワットの容量が追加されただけです」とロビンス博士は中国の状況を教えてくださいました。

一方、日本の再エネは、2022年度の電源構成比率が21.7%。増加量を見ると、太陽光発電が6.5ギガワット増、風力発電は0.6ギガワット増しかない状況で、世界の危機感には追いついていません。その原因について博士は「政策が再エネを推進しきれていないということはあるでしょう。政府が電力会社を守るために長年かけて築いたものが、障壁となっています」と分析します。

障壁の具体例として、博士は、送電の課題を挙げます。地域送電網は主要電力会社が所有しており、その系統運用者は、再エネからの電力をいつでも、理由の有無にかかわらず受け入れ拒否することができます。そうなると、再エネによる電気は同じ電力会社の火力発電所からの電気と公平に競争することができません。安定した収入を得る機会がなければ、再エネは資金調達が難しく、コストも高くなります。

「日本の大手電力会社の技術力を私は評価していますが、彼らは過去に行った設備投資からの収益最大化に注力してきたように見えます。日本全体の国益のため、大手電力会社の長期的成功のためには、大手電力会社こそが新しい再エネにシフトチェンジしていくことが必要です。古いシステムを守るのではなく、新しいエネルギーシステムを可能にする役割を果たすべきです」(ロビンス博士)

ビルや車を1つのシステムとして捉え、エネルギーの全体最適化を

ロビンスハウス外観と内部でのバナナ収穫
標高2200メートルのロッキー山脈にたたずむロビンス夫妻の自宅兼研究所は、効率的な採光や建材による自然な蓄熱と熱循環を活用するパッシブヒートシステムが特徴。冬の外気温がマイナス44℃まで下がる中でも室内でバナナが育っています。先日ロビンス夫妻はなんと、暖炉を使わずに81回目のバナナの収穫を祝ったそうです!(写真撮影:Judy Hill Lovins)

ロビンス博士は長年、再エネの導入と同時に、エネルギーの効率的利用を世界に訴えてきました。使用するエネルギー量を減らしながらも快適に過ごすことは可能として、提唱してきたのが「統合設計(integrative design)」という考え方です。建物、車、工場を全体として相互に関連するシステムと見て、省エネルギー効果が高くかつ低コストな設計によって、全体最適化をめざします。

「日本の産業は一般的に高効率だと思いますが、日本の建物や車両と同様にさらなる改善の余地があると思います」とロビンス博士は、配管設備の最適化を「統合設計」の具体例として説明します。

「世界では、電力の2分の1がモーターを回すために使われていて、その約半分がポンプや送風機のためのモーターです。このエネルギーの大部分は、まずい設計のパイプやダクトシステムのため無駄になっています。細いパイプや曲がりくねったパイプは摩擦を生み、より大きなモーター、多くのエネルギーが必要になります。パイプの直径を太く、長さを短くし、真っ直ぐにすれば、パイプ内の摩擦は80〜90%以上減ります。もし誰もがこの対策を行えば、世界全体の電力の5分の1を節約でき、非常に大きな利益を生み出すでしょう」(ロビンス博士)

1982年、ロビンス博士とその当時妻であったL・ハンター・ロビンス(旧姓シェルドン)は再生可能エネルギー利用の先頭に立ち、その効率的な利用とオール再生エネルギー利用を実証しました。持続可能なエネルギー源を利用する未来を描くため、「ロッキーマウンテン研究所(現在のRMI)」を設立します。「統合設計」により建設した事務所兼自宅は、世界でも有数のエネルギー効率を誇る施設となり、博士の理論を裏付ける確固たる証拠として、世界中に知られています。この建物はロビンス博士の理論の生きた証明であり、RMIの最初の18年間を支えました。さらに2015年には、RMIは近隣に、「RMIイノベーションセンター」も建設しました。このビルは、市販材料を使用したゼロエネルギービルディング(ZEB)であり、他の建物にも適応できるように設計されているのだそうです。両方の建物とも年間使用するよりも多くのエネルギーを作り出しています。どちらの建物もグリッド電力と連携して動作することも、独立して動作することも可能であり、建物の中で燃料は全く燃やしていません。

博士は、自宅を「生きているラボだ」と言い、超高断熱の窓、家電、照明などに最新技術を常に試し、取り入れています。同様に、RMIイノベーションセンターも通常のエネルギー消費量の約9分の1しか使用しませんが、今も改善を続けています。

「こうした統合設計は、建築家やエンジニアにとってスタンダードなものではないですし、標準的なテキストにも書かれていません。しかし、この方法を使えば、エネルギー効率を数倍向上させ、しかもコストを下げられます。これは、テクノロジーではなく設計手法であるため、見落とされています。優れた設計が大きな変化を迅速に引き起こせることはほとんど知られていないのです」

自動車にはEV化と同時に軽量化が必要。「日本には世界をリードするポテンシャルがある」

BMW製電気自動車
ロビンス博士は軽量、効率化されたBMW製電気自動車を愛用。「炭素繊維を使っているため従来モデルに比べ300kgほど軽量化し、なんと燃費53キロメートル/リッター相当を達成。これは従来の車の4倍の燃費でありながら、コストはほぼ同等です」(スライド提供:ロビンス博士)

ロビンス博士は、自動車についても、EV化とともに軽量化とエネルギー効率化が重要であることを示してきました。軽量になるほどに、バッテリーは少なくてすみます。その結果、EV車の価格も下がり、充電にかかる時間と充電インフラへの投資も削減できます。

「日本は、カーボンファイバー(炭素繊維)など超軽量素材について、世界のリーダー的存在です。そして、日本には"もったいない"という言葉が表すように倹約を美とする文化的背景も持ち合わせています。統合設計について、日本ほどポテンシャルを秘めた国はありません。企業や政府が国益のために確固たる戦略を立てれば、状況は一気に変わり、日本は世界をリードする存在になれると確信しています」と博士は力強く語ります。そして、日本の未来を、松尾芭蕉の俳句「古池や蛙飛び込む水の音」になぞらえて表現しました。

「我々には、蛙がジャンプするような大きな飛躍が必要です。日本でも蛙は跳ぶことができます。私たちに今必要なのは、この俳句にあるような誰かの耳に届くくらい大きな水音のジャンプです」(ロビンス博士)

博士は、こうしたジャンプは、日本全国ですでに始まっているとも言います。博士は、東京都の2023年構想を引き合いに出し、博士やその他の専門家が小池都知事に対し、再生可能エネルギーの導入を加速させるよう助言していることを実例として示してくださいました(※)。小規模なものであっても、日本国内でも戦略的な変革は生まれており、そのスピードと規模は拡大している、と博士は言います。

「2024年の年初、羽田空港で日航機から乗客300人以上が冷静、迅速、そして安全に避難したニュースを聞き、私は非常に感動しました。これは他国では真似できないような、日本人社会の結束力を示しています。時間をかけて合意形成が行われれば、皆が決めた方向に向かって進んでいける人たちです。技術、文化、国民性、これらがうまく合致して動き出せば、迅速で力強い変革がなされると私は考えています」(ロビンス博士)

※東京都は、2023年から、再エネの社会実装を加速するために、都の戦略に対して専門家から助言を受ける「再エネ実装専門家ボード」を実施。ロビンス博士はその専門家メンバーのひとりに名を連ねている

希望を持って自ら動けば、希望を抱く価値のある世界が育まれる

学生らとロビンス博士
スタンフォード大学で教鞭を取るロビンス博士(写真提供:ロビンス博士)

博士は、スタンフォード大学の土木環境工学の非常勤教授として、学生たちに統合設計の原理と実践を教えています。全体最適化をめざす設計者が増えれば増えるだけ、これまで考えられていたよりも何倍も効率的な建物、産業プロセス、車両が次々に生まれるはずです。博士は社会への統合設計の導入と教育に尽力しており、一般向けから専門家向けまでの様々な機会を通じて専門的な知識を広めています。最近では、自動車学会向けに、エアコンや電気を使わずに熱帯地域での車の快適性を維持する方法に関する技術論文を発表しました。

「過去に実行された脱炭素の2分の1はエネルギーの節約によるもので、同じくらいの成果は従来型の効率向上で達成できるでしょう。再生可能エネルギーは、エネルギー供給の効率を2倍から3倍に高め、化石燃料による二酸化炭素排出量をゼロにすることができます。しかし、私たちはさらに先へ進めます。統合設計によって2060年頃までに最終エネルギー消費効率を5倍(2040年頃までに3倍)にすることで、大幅にコストを低減し、地球の気候を救うことができるのです」(ロビンス博士)

また、博士は最近、航空分野でも取り組みを始めました。「アスペン・フライ・ライト(Aspen Fly Right)」というNPOで、調査や分析、発信、市民教育などに携わっています。このNPOは、アスペン/ピトキン郡空港の拡大計画を背景に設立された団体で、調査結果に基づき、化石燃料を用いる大型航空機の受け入れ計画に疑問を投げかけ、周辺コミュニティに正確な情報提供を行うことを目的に活動しています。

「空港の拡大はまだ10〜20年早いのでは、と私たちは考えています。というのも、電気や水素で動く環境負荷の低い飛行機が当たり前になる可能性が高いからです。8倍効率の高い航空機はすでにテスト飛行されています。私には、そうした知識を市民に提供し、市民が未来について情報に基づいた意思決定を行えるようにしていく役割があると感じています」(ロビンス博士)

こうしたNPOでの発信を含め、博士は50年にわたって精力的に執筆活動を行い、31冊の書籍と900近くの論文を発表し、エネルギー問題と、それに関連する安全保障、経済、環境、開発といった問題に対する解決策を示してきました。

最後に、博士に、日本の若者たちに伝えたいことを尋ねました。

「今我々は大変な転換期にいます。エネルギー、環境、世界の運命を決める転換期です。皆さんの行動が、その結果を決めるでしょう。皆さんの中には、私の世代が皆さんの世代に課した重荷について考えて、少し落ち込んでいる人もいるかもしれません。そんな方には、RMIで大切にしているアプローチをお伝えしたいと思います。

それは『実践的な希望』というものです。私たちは、より良い世界の実現を目指しています。それは漠然とした理想論的な希望からではなく、希望を持って行動することで、希望を抱くに値する新しい世界を育むことができ、その善い循環がさらに強まっていくという、現実的で確固たる信念からです。実践的な希望は、ぼんやりとした遠い未来のことではなく、私たちの選択を通して、その瞬間瞬間に表現され、創造されます。実践的な希望を抱く人は、袖まくりをして、状況を変え、不利を覆すために懸命に戦っています。私の妻ジュディが言うように、私たちの言葉や行動を、"誰かがすべき"から"私がする"へとシフトさせ、実際のプロジェクトに取り組み、規模を拡大する時なのです(※)」

※この記事では、インタビューの言葉とともに、RMIウェブサイトに掲載されている『Applied hope』というロビンス博士のエッセイも参照しています。博士よりこのエッセイは「目的をもって人生を作り上げていくためのヒント」になるはずですので、ぜひ併せてお読みくださいとのことです。

Profile

エイモリ・B・ロビンス博士(米国)
2007年ブループラネット賞受賞者

1947年生まれ。物理学者。RMIの共同設立者(1982年)、チーフサイエンティスト(2007-19年)を務め、現在はコントラクターおよび理事。2020年以来、スタンフォード大学の土木・環境工学の非常勤教授も兼任。2007年のブループラネット賞を含む多数の国際賞を受賞。他にも、ボルボ賞、日産賞、シンゴ賞、オナシス賞、マッカーサーおよびアショカ・フェローシップ、ハインツ賞、ナショナル・デザイン賞、ワールド・テクノロジー賞、ライト・ライブリフッド賞(「もう一つのノーベル賞」)、ドイツ最高位の市民賞などを受賞。

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