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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

メタン削減で大気を再生する。地球と私たちの健康、人類の未来のために

二酸化炭素(CO₂)の次に多く排出されている温室効果ガス・メタン。CO₂の約90倍の温室効果があるにも関わらず、これまでその対策は後手に回ってきました。人為的に増えたメタンの削減が、大気を修復し、正しい炭素循環を回復することを世界に訴えてきたのが、2025年ブループラネット賞を受賞したロバート・B・ジャクソン教授です。「メタン削減は、今日、気候変動対策において最も即効性のある効果を持つ」と語るジャクソン教授に、炭素循環と気候変動について、そしてメタン削減の重要性についてお話を伺いました。(2025年5月インタビュー、2025年10月30日受賞記念講演より再構成)

「炭素循環と地球温暖化は主にCO₂とメタンでコントロールされている」

ロバート・B・ジャクソン教授
スタンフォード大学地球システム科学科教授、ロバート・B・ジャクソン教授。受賞記念講演(東京)で(2025年10月30日撮影)

「気候変動はすでに現実のものとなっています。2024年は、世界の平均気温が産業革命前よりも1.5℃以上高くなった史上初めての年となりました」

2025年ブループラネット賞を受賞したロバート・B・ジャクソン教授の来日講演は、このひと言から始まりました。

「私たちはすでに、この気候変動の代償を払ってもいます。米国海洋大気庁の調査によると、アメリカでは、10億ドル(約1500億円)規模の気象災害が、数十年前に比べて8倍も頻繁に発生するようになり、それによって年間1,000億ドル(約15兆円)の追加コストを負担させられています」

1990年代から自然界における炭素吸収と放出の状況を分析し、炭素循環※1の研究を続けてきたジャクソン教授。2017年からは国際的プロジェクト「グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)」の議長に就任し、1000名を超える各国の科学者と協力して、温室効果ガス(Greenhouse Gas・GHG)の排出と吸収に関する様々なデータを収集・分析・公開してきました。

「地球の温度は、GHGによってコントロールされています。つまり、人間の産業、農業活動によるGHGの放出増加が、気候変動につながっているのです。主要なGHGである二酸化炭素(CO₂)の化石燃料由来の排出量は、現在もなお増え続け、およそ年間400億トンに達しています」と教授。この数値は、1990年代に比べて60%も排出量が増えている事実を示しています。脱炭素社会への移行の必要性が認知され、再生可能エネルギーの利用も推進されているように思えるなか、なぜCO₂の排出量はこれほど増え続けているのでしょうか。

「世界のエネルギー需要が拡大し続けていることが最大の理由です。再生可能エネルギーの生産量も増えてはいますが、どの化石燃料もその使用量が減少している証拠はほとんどありません」とジャクソン教授。

鉄鋼業・セメント産業など、まだまだ脱炭素化が進んでいない業界がクリーンな製造技術を確立し切り替えていくこと、日本の企業が行なっているようにエネルギー効率を追求すること、そして再生可能エネルギーをもっと増やして利用していくことが必要だと語ります。

※1 炭素循環とは、地球上の大気、生物圏、海洋、地質圏の間で炭素がさまざまな形態で移動・交換されるプロセスのこと。本来、自然生態系での炭素の吸収と放出は均衡していたが、産業革命以降の化石燃料の大量消費や森林などの農地転換により、大気中のCO₂濃度が増加し、地球温暖化の主要な原因となっている。

世界のCO₂排出量の約30%を吸収する森林と土壌。高い貯蔵力を持つ「原生林」に着目

健全な原生林の一例
健全な原生林の一例(提供:Phill Roberge,スタンフォード大学)

ジャクソン教授が炭素循環の研究を始めたのは1990年代のこと。この頃にはすでに、さまざまな研究結果から、人為的なGHGの増加が気候変動を引き起こしていることが明らかになってきていました。そうしたなか、教授はCO₂の増加が森林や草原にどのような影響を与えているのか、植物の成長にどんな変化をもたらしているのかという点に興味を持ち、自身の研究に着手。30年に亘る研究で、CO₂の増加は、植物の成長を10〜20%加速させるという結果を得ました。

「森林はCO₂を吸収します。それは成長を促す肥料のようなものです。CO₂を吸収するというサービスを我々に提供しているとも言えるでしょう。また、植物が根を張る土壌自体も重要な存在だとわかりました。人間による耕作や森林伐採によって健全な土壌が失われると、炭素の貯蔵能力が損なわれます。炭素が含まれた土壌はより水を含むことができ、他の栄養素も多く含むことができます。健全な土壌を保つこと、健全な土壌に回復させることは、人類の今後にとって大きな意義を持つのです」

世界の森林や土壌は、世界中の化石燃料由来の年間CO₂排出量のうち約30パーセントを吸収しています。なかでも、現在教授が注目し、研究対象としているのがほとんど人為的な撹乱を受けていない「原生林」です。他の研究者とともに、世界各地の原生林がどのような価値を持ち、どんなサービスを提供しているのか、科学的に明らかにする取り組みを進めています。

「私たちは、スウェーデンの共同研究者たちと、数十カ所の原生林について、環境条件の近い産業用人工林と比較しました。原生林がより多くの炭素を蓄え、より多様な微生物群集を育んでいるかどうか検証したのです。その結果、原生林は土壌中に人工林の2倍の有機炭素を蓄えることができ、全体としても人工林に比べて72%も多くの炭素を貯蔵していることがわかりました」

人工林と原生林における炭素貯蔵量の違いはなぜ起きるのか。教授は、2つの可能性を指摘します。

「まず、人工林における植林の手法が、健全な土壌を損なっています。機械的に溝を掘って植林したり、マウンド植栽(盛り土植え)などの手法が土壌の健全性を損ない、炭素の分解を促進しています。次に、原生林の土壌に存在する豊富で多様な菌類が、プラスに働いている可能性です。菌類が土壌の健全性と肥沃度を高め、炭素の貯蔵力を高めている可能性があると考えています」

このような研究結果から、教授らは原生林の土壌から採取した有益な菌類を産業林の区画に移植する方法を実験しています。この手法で、商業的な人工林がより多くの炭素を貯蔵し、樹木の再生を助けることを期待しているそうです。

「原生林をはじめとする健全な森林、健全な土壌は水や大気の浄化作用など多くの恩恵をもたらしています。GHGが増え始めた1世紀前に起きた最大の変化は、化石燃料の燃焼と、森林の伐採のふたつです。今日、森林と土壌の保護は、気候変動対策としてとても重要であることは間違いありません」

「メタンの削減は、気候変動を解決する最短ルート」

油田でメタンの漏洩状況を調査し、その様子を撮影するジャクソン教授
油田でメタンの漏洩状況を調査し、その様子を撮影するジャクソン教授(提供:Phill Roberge,スタンフォード大学)

ジャクソン教授が、CO₂とともに排出削減の重要性を指摘している物質があります。それが、「メタン(CH₄)」です。教授はメタンこそ、すぐに排出削減に取り組むべきGHGであることを世界に訴え続けています。

「メタンは、CO₂と比べて、20年間では約90倍もの温室効果を持ちます。一方で大気中での寿命はわずか10年ほど。ほかのGHGに比べて短いことが特徴です。今すぐメタンの排出削減に取り組めば、今後遅くとも20年以内に世界の平均気温の上昇を抑えることができます」

短期的な気候変動対策として大きな効果を期待できるメタンですが、その大気中濃度はCO₂よりもさらに速いペースで増加しています。過去5年間で世界のメタン排出量は急速に増加しており、大気中のメタン濃度は産業革命前と比較して2.6倍に達している、とジャクソン教授。教授とグローバル・カーボン・プロジェクトによる最近の共同研究によると、メタン排出量の3分の2は、農業や畜産業、エネルギーインフラなど人為的活動に由来しているそうです。

「GHGの中でも、メタンは最近まであまり着目されておらず、とくに人為的排出源からのものについては軽視されていました。私たちは地球規模でのメタンの収支についても分析し、排出量とその原因を定量化しました。牛など反芻動物のゲップや、家畜の糞の不適切な処理によってメタンが発生することはよく知られています。ゴミの埋め立て地からも発生しますし、石油や天然ガスの採掘による排出もあります。また、意図しないメタンの漏洩も、かなりの量があるとわかってきました。採掘現場からの輸送パイプライン、都市の地下や建物をめぐるパイプライン、家庭でのガス製品からも、メタンが漏洩して排出量に影響しています」

ジャクソン教授の研究結果は、メタン排出量の削減に向けた国際的な戦略や気候変動対策の策定に大きな影響を与えました。2021年、国際社会でもメタン削減の重要性が認知された結果、2021年にグラスゴーで開催されたCOP26(気候変動枠組条約締約国会議)で、アメリカ、EUを中心に、日本を含む100カ国を超える国々が、メタン排出量を2030年までに30%減らすことに賛同しました(グローバルメタンプレッジ)。

「ただし、これは世界全体の自主的な目標に留まるもので、各国の具体的なコミットメントを求めるものではありません。引き続き、自然の生態系においての排出、人為的な排出がどれくらい起きているのか、どこでメタンの漏洩が起きているのかを観測し、情報提供していくことが重要です。正確なデータと透明性があって初めて、世界中でメタン排出量を削減できるのです」

地球という星を救い、私たちの生命と健康を守るために

教授講演会資料から写真とグラフ
ジャクソン教授はメタンガスの削減を「私の夢」と語る。(教授講演会資料から日本語訳を作成、写真とグラフは教授の提供)


教授は、メタン排出をもっとも効果的かつ低コストで削減できるのは、「エネルギー部門」だと語ります。教授は現在、この分野全体で、メタン漏洩を削減する取り組みに携わっており、飛行機やヘリコプターで排出のホットスポットを特定したり、自動車を走らせて都市部のパイプラインからのメタン漏洩を検知したり、建物や家庭内のメタン漏洩を直接採取・測定する調査も行っています。

ジャクソン教授たちのグループは、例えばアメリカのボストン市で、市内の天然ガスパイプラインから3,300カ所以上のガス漏れ地点が特定され、老朽化した鋳鉄製パイプがその原因であることも突き止めました。この結果を受けて、市と州は迅速に動き、州全体のパイプライン安全法を制定。天然ガスパイプラインの交換が加速しました。

「この法律は、雇用を生み、大気の質を改善し、GHGの排出や爆発事故のリスクを低減させました。この変化を後押しした最大の要因は、気候よりもむしろ、安全性の確保だったのです」

教授は、一般市民ができることとして、ガス製品から電気の家電に買い換えることを提案します。クリーンな電気を利用して電化製品を使うことで、健康にも気候にも良い変化がある、と教授は強調します。教授はブループラネット賞受賞者記念講演において、同賞の賞金をスタンフォード大学に寄付すること、大学も同額を拠出して、新しいプログラム「健康のための電化(Electrification for Health)」を設立することを発表しました。世界中の低所得世帯を対象に、GHGの削減と、人々の健康と室内の空気の質の改善に取り組んでいくそうです。

ジャクソン教授は、メタンの人為的な排出を止め、数十年で産業革命前の濃度に戻すことを、「大気を元の状態に回復させる(restoring the atmosphere)」と呼びます。地球という星を救い、私たちの生命と健康を守るために。人類に希望を与える科学を志すジャクソン教授の瞳は、気候変動問題が解決した未来を、確かに見据えています。

「私は、気候変動は必ず止めることができると考えています。メタンの排出を止めて大気が回復すれば、地球の気温上昇を0.5℃抑制することができます。メタン濃度が低下すれば、地表付近のオゾン濃度も下がり、数十万人の命を救うことになるでしょう。メタンは、私が生きているうちに産業革命以前のレベルに戻せる唯一のGHG。私は、その瞬間をこの目で見届けたいと思っています」

 

Profile

ロバート・B・ジャクソン教授
スタンフォード大学 地球システム科学科
2025年ブループラネット賞受賞者

陸域生態系の炭素循環研究の第一人者で、大気中の二酸化炭素濃度が森林や土壌にどのような影響を与えるのか、さまざまな角度から研究を行なってきた。化石燃料の使用や自然の生態系から発生する二酸化炭素・メタン・亜酸化窒素などの温室効果ガスの収支を定量化した功績もある。2017 年からグローバルカーボンプロジェクト(GCP)の議長を務め、温室効果ガス排出量の監視と削減を主導。著書『Into the Clear Blue Sky』(2024,Scribner and Penguin Random House)は、タイムズ紙で「2024年のトップ科学書」に選ばれた。詩人、写真家としても活動しており、その作品は多くのメディアに掲載されている。

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