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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

危機に立ち向かうために、希望の物語を語ろう。自然の回復とより良い暮らしはつながっている

気候変動と生物多様性の危機――2つの危機にどう立ち向かうか。この問題に1980年代から取り組んできた、2025年ブループラネット賞受賞者のジェレミー・レゲット博士。科学者、環境活動家、そして社会企業家と、立場とフィールドを変えながら、絶望ではなく希望のために科学を用い、実践を積み上げてきました。「自然を再生しながら、人も経済も豊かにすることはできる」。自身の経験からそう言いきる博士に、これまでの実践を振り返っていただきながら、希望ある未来を掴むため、私たちができることを聞きました。(2025年5月インタビュー、10月30日来日記念講演から再構成)

科学者・環境活動家・社会起業家。立場を変えながら危機に立ち向かってきた

ジェレミー・レゲット博士
2025年ブループラネット賞受賞者のジェレミー・レゲット博士。気候変動問題の解決に貢献し、起業家として初めて同賞を受賞

「英国で最も尊敬されるグリーンエネルギーのリーダー」(英国の新聞『オブザーバー』誌)とも評される、ジェレミー・レゲット博士。博士はこれまで、科学者としてのバックボーンを持ちながら、環境活動家、起業家と立場を変えながら、環境問題の解決に向けた変革を起こしてきました。

「気候変動と生物多様性の喪失。私たちの存在そのものを脅かす危機にどう向き合い、どう立ち向かうか。この問題を解決することは、私たちの時代に課せられた、最も重要な使命です」(レゲット博士)

博士が「危機」をはっきりと認識したのは、1980年代半ばのことでした。当時、地球科学者として、地質学とくにシェール堆積物層の研究に取り組んでいた博士は、ある論文に出会います。その論文には、温室効果ガスがすでに大気を変化させ、地球の気候システムに影響を及ぼしつつあることが論理的根拠に基づいて明確に示されていました。

「説得力に富んだ内容で、このままでは人類は生存し続けられないのではないかと疑念を抱きました。私の研究は大手石油会社から資金提供を受けているもので、私自身が、この業界を擁護するような立場にあり、存亡の危機を招く一端を担っていると感じました。私は仕事を辞め、1989年からは気候問題に立ち向かうことを決心しました」

レゲット博士は、研究者から一転、国際環境NGOグリーンピースの科学ディレクターに就任します。科学的根拠をもとに各国省庁や企業に対して気候変動の危機を訴え、必要な行動を促す―博士らの活動は京都議定書の採択など、国際的な大きな成果にも貢献しました。しかし、活動の中で、レゲット博士はある壁に突き当たります。

「ビジネスの世界で活躍する方々と交渉する機会がたくさんありました。危機を知らせ、ビジネスと環境問題の解決は両立することを訴えましたが、多くのビジネスマンは"仰っていることは理解できます。それでしたら、あなたが起業してはどうですか"と私に言うのです。私は、NGOを退職し、自ら太陽光発電を事業とする会社・ソーラーセンチュリーを立ち上げることにしたのです」

※ シェール堆積物層:薄い板状に割れる特徴を持つ細粒の泥岩の一種、頁岩(けつがん・シェールshale)の層のこと。この岩の微細な孔や割れ目に閉じ込められたガスや油がシェールガス・シェールオイルと呼ばれるもので、取り出すことはコストに見合わず難しいとされていたが、2006年以降、研究の進展と新しい採掘技術の確立によりまとまった量の採掘が可能に。これにより、アメリカはエネルギー輸入国から輸出国へと転換し、世界情勢に大きな影響を与えた(「シェール革命」)

自然を再生しながら人も経済も豊かにする現実的な解決策はすでに存在している

慈善団体「ソーラーエイド」
ソーラーセンチュリーは2006年に慈善団体「ソーラーエイド」を立ち上げ、毎年利益の5%を寄付した。「ソーラーエイド」はアフリカにソーラーライト市場を創出し、農村地域にソーラーランタンを普及させた。レゲット博士はソーラーエイドの理事も務めた

レゲット博士は、太陽光発電事業黎明期と言える1997年、ソーラーセンチュリーを起業しました。「絶対に成功するという自信はなかったが、やり遂げて見せるという強い意志があった」と博士は当時を振り返ります。

「持続可能で希望ある未来を急成長する市場に作る。そんなことは夢物語だと思う方もいるかもしれません。しかし、太陽光発電市場は、その"新しい市場の力"を鮮やかに示した一例となりました。ソーラーパネルの製造コストが下がるにつれて販売量は急増し、金融機関からの投資も次々に流れ込みました。そしてソーラーセンチュリーは、この市場の成長を支えると同時に、急成長の波に乗った企業となりました」

2010年頃には、英国のみならず4大陸16カ国で事業を展開。ソーラーセンチュリーは世界でも有数の成功した太陽光発電開発企業のひとつになりました。しかし、レゲット博士は、気候変動の問題を解決するだけでは、「私たちが生きられる未来」には不十分だと言います。

「気候崩壊と生物多様性の喪失という、密接に結びついた2つの危機に対処するためには、クリーンエネルギー市場と、もうひとつ、"自然再生(ネイチャー・リカバリー)市場"の両方を同時に、急速に成長させる必要があります」と博士。金融業界ではすでに、「気候」と「自然」、2つの問題の解決へ向けて投資を促すため、情報開示制度や投資のルール作り(タスクフォース)が整備されつつあるそうです。

そして博士は、自身でも、この市場作りを牽引するための会社を立ち上げました。それが、「ハイランド・リワイルディング」社です。環境活動家や生態学の専門家、地域コミュニティーを結集し、同社は、スコットランドで、牛の牧草地、原生林、泥炭地、荒野、ネス湖の湖岸などを管理。リワイルディング=自然生態系の再生を使命として、大規模な自然の再生や再生型農業の探究を通じて、生態系の回復と地域社会の繁栄を結びつける取り組みを推進しています。

「ハイランド・リワイルディングがめざすのは、自然再生が持続可能なビジネスとして成立する未来です。政府にとっては、国際的な生物多様性の目標を達成すること、健全な地方経済を育てることなど、複数の課題を同時に進められるようになります。企業も、自然再生クレジットを必要とするようになり始めています。自然再生に取り組まなければ、社会的な信頼を失い、事業を継続できる経済環境そのものが失われてしまうでしょう。関係者すべての利害が力強くまとまりつつあります。あとは、その導火線に火をつけるきっかけさえあれば良いのです」

最も優れた解決策の実例「森林・建設ポンプ」。日本の里山は実践的な好例

森林・建築ポンプのモデル
森林・建築ポンプのモデル

レゲット博士が重視しているのが、すでに現実社会で効果を上げている具体的な事例、「解決策の実例」です。こうした解決策を大きく展開することが、危機を回避するための近道だと博士は言います。いくつもある実例の中でも、博士が最も優れていると考えるアイディアは、「森林・建設ポンプ」という考え方です。

1.大規模な森林の植林や再生を行い、多くの二酸化炭素を大気から吸収できる健全な森をつくります。 2.木が育ったら一部を伐採しますが、伐採量よりも多くの植林を行うこと、伐採した木材の多くを建築資材として使うことが重要です。 3.木材の利用によって、コンクリートや鉄鋼、レンガなど、温室効果ガスの発生源を抑えます。木造建築物自体が炭素を固定する貯蔵庫になり、森が吸収したCO₂を隔離します。

「この考えを示したのは、2017年にブループラネット賞を受賞した、ハンス・J・シェルンフーバー教授です。このモデルは、世界を救う可能性に溢れています。そして、日本は、こうした森林と建設、生物多様性の保全を統合的に進める戦略において、他の国々の先を行っていると感じます。日本の里山の風景は、人の暮らしと隣接する森、田畑、水辺が共存する、高い生物多様性を持つ社会生態システムの好例です。まさに自然と共に豊かに生きるための実践的な道筋を、世界に示しています」

希望・物語・実践がコミュニケーションの鍵。「ぜひ希望を生み出す仕事に携わってほしい」

レゲット博士
ハイランド・リワイルディングの所有するヒースランドを歩くレゲット博士


もうひとつ、レゲット博士が成し遂げた大きな功績があります。2010年に会長に就任した非営利シンクタンク(研究機関)「カーボン・トラッカー」による金融市場への働きかけです。同団体は、気候危機を金融市場の言葉で語ることで、金融市場、そして国際社会に大きな変革をもたらしました。同団体は分析や報告書を通じて、化石燃料は負債であることを、多くの人に理解させることに成功したのです。

カーボン・トラッカーの報告書は、地球の気温上昇を抑えることを前提として考えるならば、世界の石油メジャーが保有する埋蔵量の5分の4は、実際には燃やすことができない資源であることを示しました。つまり、企業は保有する化石燃料資産を過大評価しており、化石燃料資産はバブル状態にある、とカーボン・トラッカーは主張したのです。この「カーボンバブル」論は化石燃料関連企業への投資から撤退する潮流をつくり、金融業界の有力者たちの認識を変え、パリ協定の目標設定にも大きな影響を与えました。

「近年の脳神経科学の研究によると、人間の意思決定は、理性的とはほど遠いところでなされています。このことは、私たちが危機を認識し、行動を起こすことを難しくしています。しかし、業界の言語でリスクを語り、情報を"学び"へと変えることで、多くの人に伝わる可能性が十分にあることを、カーボン・トラッカーの事例は教えてくれました」と、博士はその成功を振り返ります。

「今、危機に立ち向かうためには、根本的な伝え方を変えなければいけない。そのことに多くの人が気づき始めています。不平等の最前線にいる人々に、環境破壊の危機を語りかけても共感は得られない。彼らには、もっと差し迫った生活上の関心事があります。気候や自然問題の解決策を希望の物語、すべての人にとって豊かで、安全で、活気ある地球というビジョンとして語る必要があります。ほんの少しの工夫で、自然の危機を否定する人たちでさえ、私たちと同じ方向へ歩み出すきっかけを得られるかもしれません」

自身の人生を賭けて、希望の物語を紡いできたレゲット博士。自身の経験から、危機を食い止め、より良い暮らしを実現することは、必ず両立できると笑顔で話してくださいました。最後に、博士は若い世代に向けて、今だからこそ、希望を生み出すようなビジネスにぜひ従事してほしいと語りかけました。

「私の夢は、自然再生がビジネスチャンスになり、それがさらに自然回復を加速させるという好循環を生み出すことです。若い世代の皆さんにも、ぜひ、こうした未来への希望を生み出すようなビジネスを一緒に創出していってほしいと期待しています。始めるのに、今ほど良いタイミングはありません」

 

Profile

ジェレミー・レゲット博士
ハイランド・リワイルディング社創設者・CEO
カーボン・トラッカー・イニシアティブ初代会長
2025年ブループラネット賞受賞者

オックスフォード大学地球科学の博士号を取得。インペリアル・カレッジロンドンでシェール堆積物の研究に従事後、気候変動問題に気づき、国際環境NGOグリーンピースの科学ディレクターとして気候キャンペーンを担当。1997年にソーラーセンチュリーを創業、世界有数の太陽光発電企業に成長させた。2010年には金融シンクタンク「カーボン・トラッカー・イニシアティブ」の初代会長に就任し、「カーボンバブル」の概念を提唱。化石燃料資産の経済リスクを明らかにし、投資家や政策立案者によるダイベストメント(投資撤退)運動を促進した。2020年からは、スコットランドで自然回復を事業とする「ハイランド・リワイルディング社」を創業し、自然回復の市場を創出し、自然とビジネスを結ぶモデル作りに取り組んでいる。

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