af Magazine
〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

スパーリング教授に聞く、持続可能な交通の未来

持続可能な交通という研究分野を切り拓き、2013年にブループラネット賞を受賞したダニエル・スパーリング教授。受賞から10年以上が経ち、良い面と悪い面の両方で大きな変化を目の当たりにしてきました。自動車の電動化や代替燃料の導入、都市と交通の関係性などをめぐる議論は世界的に広がり、各国政府や企業も運輸部門の脱炭素化に向けた戦略や政策について活発に議論しています。この分野の研究の第一人者である教授は、今、急速に変化する世界をどのように見つめ、どのような課題と可能性を見出しているのでしょうか。スパーリング教授に聞きました。(取材日:2026年1月17日)

予想を超えた交通技術の進化と揺り戻し――日本の進むべき道とは

ダニエル・スパーリング教授
カリフォルニア大学デービス校ダニエル・スパーリング教授


「この10年から15年の間に予想もしていなかった、大きな技術的なイノベーションと進化がありました」

ブループラネット賞を2013年に受賞してから13年。交通分野の近年の変化についてたずねると、ダニエル・スパーリング教授からはこのような答えが返ってきました。車の自動運転技術、インターネットとの連携、アプリを通じたモビリティサービス、電気自動車(以下、EV)、バッテリーの進歩、そしてAIの利用。環境負荷を減らすための車や交通の技術は、情報技術の進化とも結びつきながら、急速に発展してきた、と教授は述べます。

「最も成功した変化は、やはり車のバッテリーの進歩と電動化です。今では、世界の新車販売台数の約25%がEVになっています。テスラが先行し、その後中国のメーカーが大量生産を行って、EVのコストを大幅に下げることに成功しました。EVが一般に普及する基盤は整っていると思います」

一方、ネガティブな変化もある、と教授は顔を曇らせます。

「ひとつめは、アメリカで急速な電動化に対する揺り戻しが起きていることです。ヨーロッパでも多少の揺り戻しがありますが、アメリカほど顕著ではありません。もうひとつは、専門家や大学研究者に対して懐疑的な見方が広がっていること。多くの地域でソーシャルメディアや、政治のリーダー層の間でこうした考え方が広がっていて、大衆迎合主義的な政治運動につながっています」

揺り戻しはあるものの、世界でEVがシェアを拡大するなか、日本でのEV普及率はプラグインハイブリッド車を含めてもわずか3%に留まります。こうした日本の状況について、教授は、「残念ながら、主な理由は企業戦略にあります。EVよりもハイブリッド車や水素利用技術を重視する日本車メーカーの方針に、日本政府は大きく影響を受けてきました。EVが圧倒的主流になることは、間違いありません。問題はいつそうなるのか、ということです。日本が今すべきことは、少しでも早くこの遅れを取り戻すことだと思います。そのためには、充電インフラの拡充は不可欠です。国はもちろんのこと、業界や地方自治体による強力なリーダーシップが必要です」と分析します。

ブループラネット賞が契機に――国際連携の扉を開く

ケニア・ナイロビを訪れたスパーリング教授
持続可能な交通に関するカリフォルニアとアフリカとの新たなパートナーシップのため、ケニア・ナイロビを訪れたスパーリング教授

スパーリング教授は、交通の持続可能性に関する研究分野がまだ確立していなかった1991年、カリフォルニア大学デービス校において、この分野に焦点を当てた交通研究所(Institute of Transportation Studies)を設立。以来、カリフォルニア州や世界中の政策立案者と緊密に連携し、政策の分析だけでなく、立案にも携わってきました。

「私が関わったなかでも主な実績の一つは、カリフォルニア州の低炭素燃料基準(LCFS)の設計を共同で主導したことです。さらに、カリフォルニア州大気資源局(CARB)の理事、および発展を続ける交通研究所の所長を務め、ゼロエミッション車(ZEV)、バイオ燃料、先進モビリティサービスに関する政策の設計と分析において重要な役割を果たしてきました」(スパーリング教授)。LCSFを含め、カリフォルニアで先駆的に導入されたこれらの政策は世界のモデルとなり、現在も大きな影響を与え続けています。

そして近年、教授は交通と環境に関する研究者の国際的ネットワークを作り、各地域での政策立案に携わってきました。2013年のブループラネット賞の受賞が大きな転機だったと、当時を振り返ります。

「受け取った賞金約50万ドルを交通研究所の口座に入れ、個人や企業からさらに150万ドルの資金を調達しました。その資金に加え、カリフォルニア大学デービス校、そして多くの財団や政府からの追加資金を得て、ヨーロッパ、インド、そしてグローバルサウスを対象とした持続可能な交通に焦点を当てた新しい国際センターを設立しました。これらのセンターは今日、非常に重要な役割を担っています」

教授は、持続可能な交通を専門とする研究者のコミュニティが作られたことで、研究成果、政策から得られた知見、そして専門知識が、世界中の国々や地域で共有・実践されるようになっていると話してくださいました。

短期思考を超えて――リスクとベネフィットを正確に見極める

中国で講演を行うスパーリング教授
中国で講演を行うスパーリング教授

この10年で、交通の持続可能性をめぐっては、技術革新という前進が見られる一方で、政治的な揺り戻しという逆風も強まりました。では、より俯瞰した視点に立ったとき、世界は気候危機にどう向き合うべきなのでしょうか。スパーリング教授に、この地球規模の課題に対応し、持続可能な交通をうまく実現するために何が最も必要かをたずねました。

「重要なポイントは三つあります。ひとつめは、気候危機がもたらす"代償"を正確に見積もることです。気候変動による被害のコスト、対策にかかる費用、そして対策によって得られるメリットをより明確に理解する必要があります」

政府も市民も、目の前の予算や短期的な経済合理性に目を奪われています。その結果、長期的には不可欠であるはずの気候対策が、世論の変化や政治的圧力によって後退してきた歴史がある、と教授は指摘します。

「過去にも、近視眼的な思考によって対策が失速した例はたくさんありました。未来に向けて、あらゆる立場の人が思考を転換しなければなりません」

第二のポイントは、イノベーションの加速です。二酸化炭素の回収・活用・貯蔵(CCUS)技術の高度化や、再生可能エネルギーの効率向上など、ゼロエミッション社会を支える技術革新の加速が不可欠だと教授は言います。既存技術の普及だけでなく、次世代技術への継続的な投資が、社会の移行スピードを左右します。

そして三つ目は、国際協力の強化です。

「気候変動は国境を越える問題です。各国が個別に取り組むだけでは不十分です。とくに、気候変動の影響を受けやすい脆弱な地域やコミュニティに対して、国際社会が連携しながら支援と保護のための対策を強化していく必要があります」

「"Do good and do well"―"身近な選択"から大きな変化へ」

訪問した国でサイクリングを楽しむスパーリング教授
訪問した国でサイクリングを楽しむスパーリング教授。コペンハーゲンで(左)スペインで(右)

持続可能な交通という分野を切り拓いてきた先駆者である教授は、研究者が社会に与える影響の大きさを、身をもって実感してきました。「研究という仕事はとてもやりがいがあります。なぜなら、世の中や地域社会をより良くする手助けができるからです」。教授は、研究には世の中を変える力があると確信しています。

環境保護や気候変動対策は、もはや一部の専門家だけのテーマではありません。政府、企業、自治体、地域社会など、あらゆる主体が関わる領域だからこそ、研究者は自らの価値観に共鳴する組織と協力し、大きな変化を生み出していくことができるはずだと、教授は言います。では教授は、これからの世代に何を期待しているのでしょうか。

「まずは、気候変動や環境問題について、自ら学ぶことです。そして次に、家族や地域社会の中で、環境に配慮したライフスタイルを実践し、リーダーになってほしいと思います」

レジ袋を断る、公共交通を使う、EVに乗り換える。そうした一つひとつの選択が、周囲へのメッセージになります。教授は、英語の慣用句を引きながらこう締めくくります。

「"Do good and do well"、自分の仕事をしっかりと果たし、良い行いをすることで、より良い世界を築くことに貢献できます。若い人には、環境に貢献しながら成果を上げる道を目指してほしいと思います」

実際、教授自身も有言実行を心がけています。「私のお気に入りのゼロエミッション車は自転車です」と、穏やかな笑顔で語ります。「政策を変えるには、個人的な信頼関係や対話が重要なのです」とも言います。制度や技術だけでなく、人と人との信頼に基づいた小さな行動の積み重ねが、やがて大きなインパクトにつながっていく――個人の力を信じ、国や地域を超えて持続可能な交通の基盤を築いてきたスパーリング教授。その言葉は、次の世代に静かに、しかし確かなエールを送っています。

Profile

ダニエル・スパーリング教授(米国)
カリフォルニア大学デービス校ブループラネット賞特別教授
2013年ブループラネット賞受賞者

交通と環境問題の第一人者。自動車技術や燃料の進化だけでなく、人々の移動行動や制度設計までを視野に入れ、低炭素で持続可能な交通システムの実現に向けた研究と政策提言を続けてきた。電気自動車や代替燃料の導入戦略、都市と交通の関係、交通需要のマネジメントなどを総合的に分析。その研究成果はカリフォルニア州の気候変動対策や大気汚染規制の形成に大きく寄与し、同州で先導的に導入された政策モデルは世界各国の施策にも影響を与えてきた。学術研究と実践的な政策形成を結び付けるリーダーとして国際的に評価され、2013年にブループラネット賞を受賞。

ページトップへ