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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

見えなかった世界を見る。植生学×バイオロギングで砂漠化を探る

「砂漠化」は、日本に住む私たちにとって、リアリティを持って考えることの難しい環境問題です。しかし、そんな「砂漠化」を研究テーマに据え、世界で起きていることに目を向ける重要性を説くのが、筑波大学助教の川田先生です。川田先生はモンゴルをフィールドに、ヤギのバイオロギング調査を実施。時系列で草原の植生の変化を観察しました。どんな成果が得られたのか、私たちが自然と共に歩んでいくにはどうすれば良いのか。川田先生に話を伺いました。

砂漠化のプロセスを「見える化」する。植生学×バイオロギング

筑波大学助教の川田清和先生
筑波大学助教の川田清和先生

砂漠化、つまり、乾燥地における土地の劣化の問題が、国際的に認知され始めたのは1970年代のこと。その影響の大きさから、2015年9月に採択されたSDGsの目標のひとつにも掲げられています(目標15「陸の豊かさも守ろう」)。しかし、日本に住んでいる私たちにとっては、遠くの国の出来事として捉えがちです。

筑波大学生命環境系助教の川田清和先生は、そんな「砂漠化」の問題に植生学の分野から取り組む、国内でも数少ない研究者のひとりです。川田先生がフィールドとしてきたのは、モンゴルの大草原。当時大学院生だった2000年に初めて訪れ、翌年には研究を決意、現在まで25年に渡って人間の土地利用が生態系に与える変化を調査してきました。「植生学」は、ある土地における植物の種類とその分布、変化を調べる学問。植物は土地の環境状態を映す鏡として機能するため、自然環境問題への貢献が期待される分野でもあります。

先生は2016年から、「バイオロギング」という手法を植生学に組み合わせ、研究に取り組んできました。バイオロギングとは、動物に小型カメラなどの記録計器を装着し、人間の目が届かない場所での動物の行動や生態を探る調査手法のこと。主に動物生態学の分野で機器の小型化、高性能化とともに応用範囲が広がってきました。

「バイオロギングは、いわば、今まで見えていない世界が見えるようになる、という技術。砂漠化の主要因とされるのは"過放牧"ですが、家畜の採食行動を直接測定した先行研究は乏しく、放牧から砂漠化に至るまでの詳細なプロセスは未だ不明点が多くあります。家畜が実際に何をいつ、どのくらい食べているのか。カメラで記録することで砂漠化の過程を見ることができるのではないかと考えました」(川田先生)

今回旭硝子財団の研究助成を受け、川田先生は、砂漠化において影響力が大きいとされるヤギの顎の下にウェアラブルカメラを装着。ヤギが何をどれくらい、どのように食べているのか、調査を行いました。

通説を覆す「再生力」という発見。

ヤギの群れ
約700頭のヤギの群れから毎朝2頭を探して実験を行った。夕方群れに返すのは、ヤギが健康状態を保つことができるよう配慮してのことだという

調査は2016年から2018年までの3年間、植物の生育初期(6〜7月)と生育末期(9月)に実施されました。調査地はモンゴルの首都ウランバートルから西に約95km、フスタイ国立公園の周辺です。その年、その時期の植物の生育状況に合わせて調査エリアを選定。エリア内に5カ所の調査サイトを設け、現地の遊牧民から借り受けたヤギ2頭を1日6時間・2日間にわたって放牧しました。そして記録した映像データを1秒単位で解析するという作業を積み重ね、最終的な総解析時間は120時間に及びました。

「調査で最も苦労したのは毎朝の"ヤギ探し"。700頭ほどの群れの中から、毎朝同じ2頭を捕まえます。個体が変わると食べる量や種類が変わってしまい、データに影響が出るため、同じ個体である必要があるんです。捕まえたらヤギを車に乗せて調査地まで運び、ワイヤーで繋いで試験し、夕方、今度は遊牧民の方とその群れをなんとか見つけて、2頭を送り届ける。毎日それを繰り返しました」と川田先生。

さらに、1秒ごとの記録を確認し、目と耳でヤギがどの植物を食べたのか判別・解析する作業も、非常に手間のかかるものだったそうです。そして得られた結果には、これまでの通説に疑問を投げかける新たな発見がありました。

モンゴルの草原では、過放牧が進むと、アルテミシア・フリジーダ(以下アルテミシア)というヨモギ属の植物が草原を覆うようになります。植生学の視点からは、過放牧の「指標種」、つまり「このアルテミシアに優占された土地は過放牧である」と考えることのできる植物です。従来、過放牧の草原でこの植物が優占するのは、ヤギがアルテミシアを食べ残すためだと考えられてきました。

「しかし、一般的な現地調査は、ある時点一点での観察になるため、どうしても時間的な過程が見えず、本当に食べ残しているのかよくわかっていないというのが正直なところでした。今回バイオロギングを用いて時系列で観察した結果、ヤギはある程度他のエサ資源がなくなれば、アルテミシアを食べることがわかりました。食べられた後にこの植物が再生するスピードが速いため、他の植物よりも優占して増えていたのです。つまり"食べ残し"ではなく、"再生力の強さ"ゆえに過放牧の指標種になることが示された結果でした」(川田先生)

もうひとつ、「ヤギは植物を根こそぎ食べてしまう」という通説についても、データは異なる結果を示しました。ヤギはどの植物も、地上2センチほどを残して食べており、根も残されていました。12時間の放牧試験で食べ物がなくなっても、掘り返したりすることはなかったそうです。ヤギは単純な悪者ではなく、適切なやり方で放牧すれば自然は回復するのではないか――そんな可能性をデータは示していると川田先生は言います。

「レジリエンス」を見極める。科学に基づいた管理方法で砂漠化を止める

アルテミシア
「モンゴルの草原を歩くと、爽快感のある香りが漂う。正体はこのアルテミシアです」(川田先生)

生態系には、ある程度のダメージを受けても回復できる力――「レジリエンス」があります。しかし変化がある閾値を超えると、元に戻ることはなく、別の状態へと生態系は変化します。本研究の成果は、砂漠化においても、閾値を超えない管理方法を科学的に提案することの重要性を示すものでした。

「アルテミシアが優占している土地は、レジリエンスが損なわれつつあると判断することができます。一方で、良い状態の指標となるのがネギ属の植物です。今回の調査で、ヤギはネギ属の植物が大好きで、放牧開始後の最初の1時間で真っ先にネギ属を食べることがわかりました。草原にネギ属がたくさん見られるなら、家畜の影響は少なく、放牧をしても大丈夫だとわかる。そういった自然の状態を読み取る力――科学的根拠あるリテラシーを持つことができれば、砂漠化の解決につながっていくのではないでしょうか」(川田先生)

草原
劣化が進んだ草原(左)と健全な草原(右)

これは、遊牧民が経験則として持っている知恵とも重なる部分があるそうです。遊牧民は、草原の状態が悪くなったら、とりあえず放牧しないで自然に治す、という基本的な考えを持っています。この経験則はすでに正しい方向を向いています。そこに科学的根拠を加えることで、"これ以上はよくない"という線引きができる。この線引きこそが、実際の管理において重要な意味を持ち、砂漠化に歯止めをかける打ち手になるのではないかと川田先生は考えています。


重要なのは、自然への好奇心とリテラシー

植生調査を行う川田先生
調査サイトで植生調査を行う川田先生(左)

研究の成果を現場の管理に活かすだけでなく、広く社会に届けることも川田先生が大切にしていることのひとつです。しかし近年は、円安や不安定な国際情勢など海外に行きにくい状況が続いているためか、砂漠化のような国内にはない環境問題をリアルにイメージできない人が増えているようだ、と川田先生は言います。

「しかし、陸地の約4割を占める乾燥・半乾燥地帯で起きていることを何も知らなくて良いとは思えません。結局、衝突というのは"知らない"ことで生じるものです。人のことも、自然のことも、違いをちゃんと認識できている社会にしていかなければ、自分たちが生きづらくなってしまう。だから私は、世界に目を向けてもらうために、授業では脇道に逸れた話もよくしています。もし乾燥地帯に放置されることがあっても、ラクダのこぶの数を見ればアジアにいるのかアフリカにいるのかわかる、とか、ラクダはコーラが好きなんだよ、とか......そんな話をすると、眠そうにしていた学生がふっと起きるんですよ」と笑います。

じつは、かつての川田先生自身も、そんな「世界を知らない」学生のひとりでした。環境教育に興味があり、中学校の教員になることを思い描いていましたが、指導教員の差配で意図せずモンゴルを訪れることに。中国語も話せないまま内モンゴルの草原に降り立った川田先生が目にしたのは、広大な草原と、街の近くで激しく荒廃した土地の光景でした。

「それまで自分が知っていた環境問題の知識は、文献で得た二次情報でしかなかった、ということに気づいたんです。環境問題がどうして起きているのかをまず自分が知ってから伝えれば、聞いた人はきっと、より深く理解できるはずです。リアルで体感することの重要性に気づいたことが、研究者への道につながっています」

こうした原体験を持つ川田先生にとって、モンゴルというフィールドは、研究の核心となるものでした。しかし現実として、海外での調査には膨大な費用がかかります。飛行機代、宿泊費、現地協力者への謝金など、「あらゆる方法を使って何とかやってきた」という言葉には、若手研究者として資金を工面し続けてきた苦労がにじみます。

「若手研究者として研究の種を作り上げている時期、フィールド研究を大きな規模の助成で後押ししていただきました。助成をいただいてこの研究ができたから、今大学で研究を続けることができていますし、この分野の研究を前に進めることができたと思います」(川田先生)

そして最後に、川田先生が語ったのは、シンプルで力強いメッセージでした。

「大事なのは、地味ですが、身の回りにある自然を"認識する"ということだと思います。身の回りの雑草を見分けられるか。多様な生き物がいることを大事に思えるか。その感覚さえあれば、概念に踊らされることなく、全体の調和を考えられるようになる。子どもにも大人にも共通していることだと思います。自然に対するリテラシーと、それを身につけようという意識がきっと、入り口だと思うんです」

エコロジー、サステナビリティ、生物多様性、ネイチャーポジティブ......言葉だけが先行しがちな時代、先生が示した本質的な視点。自然を認識する力、その土台がなければ、概念だけが空回りしたり、全体の調和を欠くビジネスモデルになったりしてしまう。環境の問題が、すでに経済活動とも地続きになりつつある今、すべての人に「自然に対するリテラシー」が求められる時代が来ています。

 

Profile

川田 清和(かわだ きよかず)
筑波大学 生命環境系 助教

1999年、茨城大学教育学部卒業。2005年、筑波大学大学院生命環境科学研究科にて博士(農学)取得。農業環境技術研究所特別研究員、筑波大学北アフリカ研究センター研究員などを経て、2011年より筑波大学助教(現職)。専門は植生学・植物生態学。モンゴルを主なフィールドに、人間の土地利用が草原生態系に与える影響を研究。近年はバイオロギング技術を用いた家畜の採食行動の解析を通じて、砂漠化プロセスの解明に取り組む。また、放牧を活用した草原修復など、砂漠化対策への応用研究も展開している。2009年、日本沙漠学会奨励賞受賞。日本沙漠学会、植生学会、日本生態学会等所属。

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