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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

汚染が起きる前に回避を。残留性化学物質のリスクを世界に伝え続ける毒性学者

環境中に残り続ける化学物質が、人体にどんな影響を及ぼすのか。この問いを生涯のテーマに研究を続けてきたのが、2026年ブループラネット賞を受賞するリンダ・S・バーンバウム博士です。米国国立環境健康科学研究所(NIEHS)初の女性所長に就任、科学と政策の橋渡しをし、残留性化学物質の国際規制づくりに貢献してきました。「汚染を予防することは、除去するよりはるかに容易です」。その言葉は今も、世界に向けて発信され続けています。(インタビュー日:2026年6月16日)

「気づかないうちに深刻な害を及ぼす」残留性化学物質を生涯の研究テーマに

リンダ・S・バーンバウム博士
2026年ブループラネット賞受賞者・リンダ・S・バーンバウム博士

「ダイオキシン、PCB(ポリ塩化ビフェニル)、PBDE(ポリ臭化ジフェニルエーテル、臭素系難燃剤の一種)、そしてPFAS(ピーファス・Per- and Polyfluoroalkyl Substances)といった残留性化学物質は、神経系や内分泌系をはじめとする、発達過程にある人間の身体のシステムに影響を与えます。また、腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう・腸内細菌の集まりのこと)を乱し、取り返しのつかないダメージをもたらすこともわかってきました。だからこそ、これらの汚染物質を理解し、被害が起きる前に食い止めることが重要なのです」

このように語るバーンバウム博士は、長年、アメリカの毒性学のトップとして、環境中に残り続け身体に取り込まれる可能性のある化学物質、いわゆる残留性化学物質が人間に与える影響を研究してきました。その活躍はアメリカ国内に留まらず、いくつもの物質の危険性の科学的評価を確立し、国際的な規制づくりにも貢献してきました。

微生物学の博士号を取得し、遺伝子等の研究をしていた博士が、本格的に残留性化学物質の研究に取り組み始めたのは1979年。NIEHSに職を得た時から始まりました。

「当時私が研究していたダイオキシン類の代表的な化合物であるTCDDとTCDFについて、TCDFは構造がよく似たTCDDよりもはるかに速く体外へ排出され、長期間体内に残りにくい性質を持っていました。にも関わらず、TCDDと同様に、ごく少量であってもマウスの胎児に先天的な異常をもたらす性質があることが確認されたのです。この時私は、これらの物質が生態系にも人の健康にも、気づかないうちに非常に深刻な害を及ぼすことを実感したのです。この研究が、私が環境毒性学を探究する原点になりました」

「感受性の高い時期」のリスクを明らかに。毒性学の常識を塗り替える

実験室でのバーンバウム博士
イリノイ大学での大学院時代、実験室でのバーンバウム博士

ダイオキシン類の危険性を研究していたバーンバウム博士は、その後の毒性学に大きな影響を与える結論を導き出します。化学物質の曝露リスクは、「量」だけでなく、曝露の「時期」にも強く左右される、ということです。

「突破口になったのは、ダイオキシン類がマウスに口蓋裂や水腎症(腎臓に尿が異常にたまる機能障害)を引き起こす「感受性の高い時期」を特定した研究でした。これらの時期がそれぞれ異なっていたということは、発生・発達の過程が、精緻に組み立てられた一連の生物学的プロセスによって制御されていることを示していました。

同時にこの研究は、『成人』への曝露を中心に設計されている従来の毒性試験が、発達過程における最も感受性の高い時期の影響を見逃してきた可能性を明らかにするものでした」

最終的に、博士らの研究は、その後の環境衛生の考え方そのものを変えることになりました。『生涯を通じた平均的な安全曝露量』という発想から、妊婦や子どもなど、『特定の発達段階にはより強力な保護が必要』という、より細やかな理解へ、分野全体の視点をシフトさせたのです。このシフトは、その後の規制政策や公衆衛生ガイドラインに広く影響を与え、残留性化学物質のリスク理解を根本から変えることになりました。

また、バーンバウム博士の研究は、ダイオキシン類のリスク評価に毒性等価係数(同系統の有害物質について、基準物質の毒性を1として相対的な毒性を数値化する)という手法を取り入れることを後押ししました。ダイオキシン類は環境中に単独では存在せず、いくつもの物質が混じった状態で存在します。混合物全体のリスクをどう評価するか、という問題に対し、博士の実験データが、毒性を評価する係数の科学的根拠として使われたのです。

※ 環境衛生(environmental health)
環境中の化学物質、大気汚染、水質汚染などが人の健康に与える影響を研究・対策する分野。公衆衛生(Public Health)はそれよりも広い概念で、感染症対策、衛生管理、健康増進など、より広く社会全体の健康を守る活動全般を指す

環境汚染は弱い立場の人々ほど深刻に。環境公平性の実現へ

アラスカにて
アラスカにて、先住民のイヌピアット族の人々と

NIEHSでの業績が高く評価された博士は、1989年に米国環境保護庁(EPA)の幹部職として着任。それまでのダイオキシン類の研究を土台に、実社会における環境汚染の健康影響への解明へと研究を広げていきました。海岸沿いに住む人々の健康リスク、飲料水中のヒ素、子どもの喘息、採掘業が盛んだった小さな町・モンタナ州リビーでのアスベスト汚染の評価など、研究対象は多岐にわたりました。

「残念ながら、最も脆弱な立場にある人々が、最も環境リスクにさらされていることは明らかです。まるで炭鉱に連れ込まれるカナリアのように、危険を真っ先に受ける存在なのです」

博士はそうした人々のもとへ自ら足を運び、直接話を聞くことを大切にしてきました。その一例が、アラスカの先住民です。

「漁業に依存して生きる彼らは、川の下流域に蓄積した化学物質による汚染のために、さまざまな健康被害を受けています。その姿は、化学物質の曝露が私たちの暮らしにもたらす危険性を、私たちにはっきりと示していました。現地での調査・研究を通じて、私は健康の公平性を追求していくべきだという思いを強くしていきました」

環境汚染の被害が、低所得者層・少数民族・女性など社会的に立場の弱い人々に偏ってしまうという環境正義の問題。博士は自身のキャリアを通じて、この問題に取り組んできました。そして、得られた科学的知見は政策や規制の策定に活用され、人々の健康を守るための制度作りに大きく貢献していきます。

そして、19年の時を経て、打診を受けた博士は古巣に戻ることになります。NIEHS初の女性所長として、新たなステージの始まりでした。

「科学に語らせる」ことでジェンダーの壁を破る

子どもたち、孫たちと
子どもたち、孫たちと

NIEHS初の女性所長に就任したバーンバウム博士は、その後10年間、国の研究予算を統括し、1000件以上の研究助成を支援、人材育成に貢献しました。また、環境中の化学物質が人体に与える、がん以外の健康への影響を評価する仕組みと組織の設立に貢献しました。

米国の環境保健研究を率いる立場にあった博士でしたが、女性という属性により、障壁に直面することもありました。

「どのような分野・立場・役職でも、女性は常に何らかの障壁に直面します。家庭でも職場でも『女性らしい役割』という社会的思い込みと向き合わなければなりません。

率直に言えば、男性と同じように認められキャリアを築くには、男性の2倍優秀でなければならないと感じていました。仕事を家に持ち帰ることもできませんでした。私は妻であり母親でした。だからこそ、職場では常に最高水準の成果を出すことを自分に課していました」

課題に直面した時、博士は、自分ではなく、科学に語らせることを心がけていました。研究の成果によって着実に、コミュニティから尊敬を得ていきました。そして博士は、妻・母・祖母としての役割を果たせたことを幸運だったとも振り返ります。支えとなっていたのは、理解あるすばらしい夫の存在と、挑戦する機会を与えながら仕事と家庭の両立にも柔軟に配慮してくれる、すばらしいメンターたちでした。

「一度に全てではないけれども、時間をかければ全てを手に入れることはできる。私から将来活躍する女性たちに伝えたいことです。勤勉であり続け、機会を逃さないこと。そして支えてくれる家族や専門家のネットワークに恵まれたことで、実現できたと感じています」

博士がキャリアを通じて学んだことがあります。「女性であることは障壁にもなるけれども、同時に強みにもなる」ということです。

「どんな人の声にも丁寧に耳を傾け、人をありのままに受け入れ、その人の力を認めること。多様な人々を包摂しながら信頼関係を築いていくこと。そして、学び続けることです。こうした姿勢は、科学者だけでなく、あらゆる人にとって大切な力になると思います」

 

科学的根拠を、誠実に伝え続ければ社会は変わる

『ダイオキシン2007国際会議』で話す博士
2007年9月3日、東京で開催された、POPsによる環境汚染問題を討議する『ダイオキシン2007国際会議』で話す博士

残留性化学物質の規制には、産業界や政府など多様な立場の人々の理解を得ることが欠かせません。博士は女性としての障壁だけでなく、こうした異なる立場の人々との間にある障壁も、科学的根拠を粘り強く示し続けることで乗り越え、研究成果が政策や規制の科学的基盤として活用されるよう尽力してきました。

偉大な功績を支えたのは、「科学の誠実性は、研究者自身の誠実さの上に成り立つ」という博士の信念でした。学生にも、政治家にも産業界にも、常に同じ姿勢で向き合ってきました。わかっていることはわかっていると伝え、まだ解明されていないことは率直に認める。発言には必ず根拠を示す。それが博士のあり方でした。

「データは、誰が会議室にいようと変わりません。たとえ歓迎されない事実であっても、慎重に積み上げてきた証拠を、率直かつ思慮深く伝え続ければ、最終的には良い政策と人々の健康を守ることにつながります。人は、正確な情報が得られれば行動します。その声が集合体となれば、社会を変える力になります」

確かに困難な時期もあったと語る博士ですが、自身の信念と科学に寄せられた人々の信頼が、異なる立場の人の理解と行動を促してきました。その姿勢は、キャリア後期から現在に至るまで、博士が力を入れてきたPFASの問題にも受け継がれています。

PFASは、炭素とフッ素の結合を持つ、数千〜1万種以上の化学物質の総称です。耐熱性、耐水性、耐油性などに優れることから、フライパンのコーティングや泡消火剤、防水・防汚加工品など、幅広く利用されてきました。しかし、一部は極めて分解されにくく、環境や体内に長く留まります。博士は一貫して、PFASを「クラス(群)」として包括的に規制することが、科学的にも現実的にも唯一のアプローチであることを強調してきました。しかし現状、米国や日本で規制対象となっているのはPFOAやPFOSなどごく一部にすぎません。

「科学者が化学物質の毒性について正確な情報を市民に届ければ、人々は必ず反応します。PFASを含む製品への拒否が世界的に広がっているのは、まさにその意識の高まりを反映しています。人々がリスクを理解すれば、より安全な代替品を選ぶようになります。そして、企業も市民の声や、それが経営に与える影響を受け止め、製品を変えていくのです」

 

次世代へ贈る、博士からの6つのメッセージ

研究室の学生たちとバーンバウム博士
研究室の学生たちとバーンバウム博士

インタビューの最後に、バーンバウム博士は、日本の読者、とくに次世代を担う若い世代に向けて、普段から大切にしている考えを語ってくださいました。

「まず、累積的な曝露を意識してください。PFASのような合成化学物質は、たとえ一回一回の曝露量が少なくても、積み重なることで大きなリスクとなります」

次に、科学者へのメッセージです。「学術誌の中だけに留まるべきではありません。研究成果は市民にも、政策立案者にも届ける責任があります」

そして、博士がずっと大切にしてきた姿勢について。

「化学物質の影響は均一ではありません。女性や社会的に弱い立場の人々に、より大きな影響が及ぶことがわかっています。環境と健康の公平性を実現するため、社会の仕組みを変えていく努力を続けてください。4つ目に、反対や批判に直面したときこそ、現実的な姿勢を忘れず、難しい問いを投げかけることをやめないこと。5つ目は、環境を大切にすることが、私たちの未来を形作ることです。人類と環境は深く結びついています」

そして、40年以上にわたり化学物質と向き合い、科学的真実を社会に伝え続けてきた、バーンバウム博士。最後に、博士は笑顔で、こう締めくくりました。

「勤勉であり続けてください。学ぶことをやめないでください。優れた、背中を押してくれるメンターを見つけるとともに、自らもそんな存在になってください。世界は、あなたを必要としています」

 

Profile

リンダ・S・バーンバウム博士
元国立環境健康科学研究所(NIEHS)所長、元国家毒性プログラム(NTP)ディレクター
2026年ブループラネット賞受賞者

環境中に残留しやすい化学物質の毒性研究を主導し、国際的なリスク評価を大きく進展させた。特に胎児期等の「感受性の高い時期」での内分泌かく乱物質への曝露が長期的な健康に影響し得ることを示し、脆弱な集団を保護する科学的根拠を強化した。米国国立環境健康科学研究所(NIEHS)所長および国家毒性プログラム(NTP)のディレクターとして科学と政策の橋渡しをし、知見を公衆衛生の向上につなげた。

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