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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜
『自然は経済を支える資本』。グリーン経済の礎を築いた経済学者・バービエイ教授
徹底して貧困層に寄り添い、現地調査をベースに政策提言を行なってきたエドワード・バービエイ教授。自然や生態系の価値を経済に組み込む潮流を作り、「グリーン経済」という発想、そして「グローバル・グリーン・ニューディール」という政策提言で世界に大きな影響を与えました。教授がキャリアをスタートした当時、開発途上国を対象とした環境経済学は、まだ一つの研究分野として確立されていませんでした。それにもかかわらず、教授は、なぜこんなにも重要な功績を残すことができたのでしょうか。教授にお話を伺いました。(2026年6月11日インタビュー収録)
貧しい人々はどうやって生きているのか。幼少期の問いが原点
「私自身が、キャリアを通じて貢献できたと思うことは3つあります。
まずは、貧困と自然の関係性を解き明かしたこと。二つ目は、自然が経済や人々の生業をどのように支え、どんな役割を担っているのか明らかにしたこと。そして第三の貢献は、私たちの経済を、より環境に優しく、持続可能で豊かな方向に転換させるために、何をすべきかを提言したことです」
2026年ブループラネット賞を受賞するエドワード・バービエイ教授は、自身の功績をこのように語ります。そしてこれらの貢献は、教授が、「途上国と先進国」「生態学と経済学」「科学と政策」という異なるものを橋渡しする稀有な科学者であったことも物語っています。
自然の価値を、経済学の言葉で語り続けた先駆者・バービエイ教授。その原点が、幼少期に抱いた「純粋な好奇心」にあったというのは、意外な事実かもしれません。
父がアメリカ大使館の外交官だったことから、バービエイ教授は誕生から12歳までの大半を東南アジアの国々で過ごしました。「子どもの頃、すぐそこにある農村の貧困を肌で感じていた」と教授は当時を語ります。
「私の頭から離れないある疑問がありました。仕事も、貧困から抜け出すチャンスもなく、蓄えもない、この人たちはどうやって生きているのだろう、という疑問です。子どもながらに導き出した答えは、しかし自分の目で見て明らかなことでした。"彼らは自然を使って生きている"。」
この答えを得て、教授の自然に対する見方は大きく変わりました。自然は、資本の一形態であり、富の源泉であり、貧しい人々の暮らしを支えるサービスを提供している、と気づいたのです。
「マングローブの林や湿地帯は、燃料となる薪や食料を提供し、嵐から人々を守っていました。農村の営み全てが、自然の持つ経済的な役割をはっきりと示しており、私の心に強く印象が残りました。しかし、当時の経済学も環境科学もそこには目を向けてはいませんでした」
ダスグプタ教授との出会い。自然を資本として捉える視点へ
イェール大学に進学したバービエイ教授は、途上国における天然資源の役割に目を向けます。豊かな天然資源を、長期的な経済発展にどのように生かしているのか――教授はインドネシアに戻り、調査・研究を行いました。
そして、修士課程で進んだロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで、大きな出会いを果たします。2015年のブループラネット賞受賞者でもあるパーサ・ダスグプタ教授との出会いです。「開発経済学」をダスグプタ教授に学ぶうち、お互いに途上国の資源問題に深い関心があるとわかり、二人は多くの議論を重ねるようになりました。
「当時、経済学では、魚・化石燃料・土地といった天然資源を、資本の一形態として捉える考え方はすでに存在していました。しかし私は一歩踏み出し、自然全体を資本の一形態として、従来の天然資源と同様に収入と恩恵をもたらすものとして捉えられないか、と考えていました」
そして書かれた博士論文には、もうひとつ、重要な核となる主張がありました。それは「生態系サービスの希少化(ecological scarcity)」という概念です。経済が成長し、物質的豊かさが増すにつれて、自然が私たちに与えてくれるサービスや価値が損なわれていく......このトレードオフをバービエイ教授は「成長する経済における生態系サービスの希少化」の問題として捉えました。この論文で、教授は化石燃料の枯渇や漁業資源の損失と同等に重要な経済問題であることを強調したのです。
組織唯一の経済学者として。組織で、現場で、生態学者たちから学んだこと
博士課程を終えた教授は、1986年、国際環境開発研究所(IIED、1992年ブループラネット賞受賞)という国際的な独立系政策シンクタンクに職を得ます。IIEDは環境問題と途上国の課題をつなぎ、研究成果を国連などの国際機関や各国政府へと届けることを使命としていました。
「当時IIEDトップであったリチャード・サンドブルックは、環境と開発の問題に経済学を組み込むことを強く決意していました。だからこそ駆け出しの経済学者であった私を採用してくれたのです。この分野に取り組む経済学者がほとんどいなかった時代です。貧困と環境、気候変動、天然資源と経済発展、経済の持続可能性......あらゆるテーマを一人で担ったことで、自然と広い視野を得ることができました」
IIEDに所属し、途上国で調査をしていたバービエイ教授。大きな財産となったのが、他分野の研究者たちと出会いでした。
「IIEDの仲間たちは皆、現実の問題に真剣に向き合う優秀な研究者たちでした。机上の空論を練り上げる学者ではなく、課題の解決を求める実践的研究者が、さまざまな分野から集まっていたのです。私はキャリアを積む最初の時期に、経済学以外の分野、とくに生態学から大きな影響を受けました。レジリエンス(生態系の回復力)の視点や、特定の生態系を掘り下げた丁寧な研究成果に大いに助けられたと言えます」
とバービエイ教授は当時を振り返ります。生態学者たちは、マングローブ林は魚の産卵・育成場であり、嵐や高潮から沿岸を守る防波堤でもあり、貧しい人々の生計を直接支える存在であることを明らかにしていました。これらの成果をベースに、経済学の視点から研究を進めることで、新たな学問領域が拓かれていったのです。
1988年、バービエイ教授は、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のデビッド・ピアース教授、アニル・マルカンディア教授とともに、IIED内にロンドン環境経済学センター(London Environmental Economics Centre:LEEC)を設立しました。初代所長にはデビッド・ピアース教授が就任し、1990年にはバービエイ教授がその後を引き継ぎました。また、バービエイ教授の妻であるジョアン・バージェス教授も、1988年からLEECの研究員として活動しました。この時期、LEECの研究は、環境と開発という課題を経済学によって結び付け、グリーン経済への移行を実現するための考え方を大きく発展させました。LEECのこうした成果は、IIEDのブループラネット賞受賞にもつながりました。
ブループラネット賞受賞者たちと議論を交わして。集大成が1994年の著作に
IIEDでの日々は、バービエイ教授の研究者としての姿勢にそのまま反映されていきます。教授は、異なる世界を越境して繋げる「架け橋」のような存在となったのです。
1990年代の初め、スウェーデン王立科学アカデミーのベイエル生態経済学研究所を拠点に、生態学者と経済学者が分野を超えて議論する学際的な研究グループが形成されました。このグループでは、経済学者のダスグプタ教授やカール=ヨーラン・メーラー教授らが中心的な役割を担い、活発な議論が行われました。そして、バービエイ教授は、若手経済学者として、発足時からほぼ全ての会議に参加していました。
このグループのメンバーには、ブループラネット賞受賞者がずらりと名を連ねています。ロバート・コスタンザ教授(2024年)、ブライアン・ウォーカー教授(2018年)、グレッチェン・C・デイリー教授(2017年)......お互いの知を持ち寄った知的共同体であるネットワークは、彼らの研究を支える存在となっていきました。
グループで生物多様性に関する最初の会合が行われた後、バービエイ教授のもとをダスグプタ教授とメーラー教授が訪れました。
「重ねた議論を本にまとめてほしい。あなたには、専門的な知識を実践的な言葉に置き換える力がある。異なる分野のアイディアを統合する能力も秀でている 」。ダスグプタ教授らの言葉を受け、バービエイ教授は、ジョアン・バージェス教授、カール・フォルケ教授と共に一冊の本を書き上げました。それが、1994年に刊行された『Paradise Lost? : The Ecological Economics of Biodiversity』です。
「この本には、今日の環境経済学を形作る全てのアイディアが凝縮して詰まっています。生態系が経済と人々に恩恵をもたらす、生態系サービスという概念。生態系を自然資本として位置づける視点。そしてこれも私が繰り返し主張してきた、生態系の枯渇という考え方。この本は、生態学・社会科学をはじめとする多様な分野の知見を結集し、生物多様性を経済学の視点から捉え直した画期的な成果でした」
世界を動かした「グローバル・グリーン・ニューディール」
バービエイ教授が自分に課している、ある約束事があります。「私の仕事は、学術的にも評価できると同時に、実際の政策の現場で使えるものでなければならない」――IIEDとLEECでの経験を通じて、教授は持続可能な経済のあるべき姿を探究し、それを世に示すことができました。
教授らが提示した持続可能な経済のあり方が「グリーン経済」です。1989年に発表した『Blueprint for a Green Economy(グリーン経済の青写真)』(デビッド・ピアース教授との共著)は、その後多くの科学者、政策専門家に影響を与えました。約20年後、2008年の世界恐慌を背景に、国際社会では経済復興をグリーンな形で実現すべきという議論が勃発。国連環境計画(UNEP)から依頼を受けて、バービエイ教授が執筆したのが『A Global Green New Deal』(以下GGND、2009年)でした。
この中で、教授は、ルーズベルト大統領のニューディール政策に倣い、政府が積極的に介入し、古い「ブラウンな」経済を再建するのではなく、経済成長と雇用を促進しながら「グリーンな」世界経済へと舵を切ることを強く提言しました。
「『GGND』は2つのことを成し遂げました。第一は、グリーン経済という概念を国際社会に浸透させたことです。2018〜2019年にはアメリカのオカシオ・コルテス議員がグリーン・ニューディールを精力的に推進し、ヨーロッパではその名を冠した政策を実際に採用しています。インセンティブや規制といった経済的手法で、化石燃料からクリーンエネルギーへの移行を政策として推進するという発想が、世界に根づいていったのです」
そしてもう1つ、GGNDは世界に重要な変化をもたらしました。持続可能な開発の道筋は、途上国と先進国で異なることを、国際機関や各国の政策担当者の間に広く浸透させたのです。
「途上国にとって、持続可能な開発とは、天然資源を賢く管理・活用しながら、貧困をなくしていくことです。一方、先進国にとっては、化石燃料の依存から脱却し、クリーンテクノロジーに移行することを意味します。そして、GGNDは、先進国と主要新興国・途上国も一堂に会するG20を母体として推進していくべきということも、私が強調したことでした」
GGNDは、研究と政策の架け橋となってきた教授の到達点と言えるものでした。そして、途上国には途上国の道筋があると示したことは、幼少期から変わらない、貧困層への眼差しが反映されたものでもあったのです。
教授が日本の読者に贈る、3つのメッセージ
そして現在。自然の価値は経済に組み込まれ始めています。例えば、企業の活動が、自然環境にどのような影響を与え、どれくらい依存しているのか開示を求める国際的な枠組み「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」には、2025年7月時点で世界711社が参加し、国別では日本企業が180社と最多です。日本では2025年、上場企業向けのサステナビリティ開示基準(SSBJ基準)も公表され、義務化に向けた動きが加速しています。
バービエイ教授も、ビジネスと金融の現場が自身のメッセージを受け取り始めていることに希望を感じていると語ります。
「まず、自然は資本の一形態で、企業の収益・融資・投資に直接影響するという認識。そして、水の枯渇・気候変動・海洋の劣化・生物多様性の損失といった環境リスクがそのままビジネスリスクであるという認識。これらは着実に企業に浸透しています。私の最新著作『Economics for a Fragile Planet』(2022年)も企業コミュニティから好評で、考え方がビジネスの現場で受け入れられ始めていることを実感しています」
一方、教授は、自然は未だに他の経済的資産よりも一段低いものとして扱われており、各国政府が、環境を損なう産業に補助金を出し続けていることも問題だと指摘します。そして今、最も懸念しているのは、ナショナリズムの高まりが、共通の環境問題への協調的な取り組みを阻んでいることです。状況を打開するリーダーとして、教授が期待を寄せるのが、日本です。
「島国であり、国際協調の必要性を理解している日本のリーダーシップに期待しています。そして、政府を動かすのは、日本に住む一人ひとりの力です。日本政府への働きかけを続けてください。日本のビジネスの現場には、省エネ技術のイノベーションを起こし、化石燃料削減を牽引するリーダーとなることを期待します。
日本には、長く、豊かな歴史と文化があります。長期的な視点を持つことを忘れないでください。過去の知恵と未来の技術を融合させ、持続可能なあり方を世界に示してほしい。日本の人々ならきっとできると、私は信じています」
経済成長も、雇用も、貧困の撲滅も、自然の持続可能性も実現するという、バービエイ教授が示したグリーン経済への道。人類の理想的な未来に向かって、私たちは今、少しずつ歩みを進めています。
Profile
エドワード・バービエイ教授
コロラド州立大学 経済学部 卓越教授
2026年ブループラネット賞受賞者
自然資本や生態系サービスの価値付けに関する取り組みを主導し、政策や投資の具体的指針を示してきた。国連環境計画(UNEP)報告書『A Global Green New Deal (2009)』で、経済復興・貧困削減・脱炭素化・生態系保護を統合した回復戦略を提示し、以来、自然保護を経済的繁栄のための「戦略的投資」と位置づけた。さらに、「貧困と環境の相互関係」に関する分析を通じて、地球環境問題への対応と社会的公正との両立に向けた道筋を示した。
