問題:気候関連災害の急増
近年、国内外で山火事、洪水、台風、熱波などの災害が頻発しています。これらはいずれも、気候の変化に関連する災害(=気候関連災害)であり、地球温暖化や気候変動の影響を受けて発生頻度や規模が増していると考えられています。こうした災害が大きなニュースとなっているのを目にすることも多いでしょう。2025年には、1月にアメリカ・ロサンゼルスで、2月には大船渡市で大規模な山火事が発生したのも記憶に新しいところです。2024年9月にベトナム北部を襲った台風11号や、同年10月にスペイン東部で発生した洪水など、数百人もの犠牲者を出す水害も相次ぎました※1。また、猛暑による熱中症での死者数の増加も深刻で、日本では2023年の年間死者数は1,600人を超えました※2。 これらの山火事、洪水、台風、熱波といった災害に共通するのは、気候に関連する災害であるという点です。
2023年のブループラネット受賞者であるグハ=サピール教授は、過去20年間の自然災害において、こうした気候関連災害の割合が急増し、地震や火山噴火といった他の自然災害の割合を大きく上回っていると指摘しています。こうした変化は、地球温暖化による気候変動の影響と考えられています。グハ=サピール教授が開発を主導した世界の大規模災害データベース「EM-DAT(Emergency Events Database)」によると、2023年時点で、直近8年間に発生した自然災害のうち約9割が気候関連災害であり、特に洪水と暴風が全体の約7割を占めていました。 さらに、グハ=サピール教授は、各災害の深刻さが以前よりも明らかに増していることも指摘しています。個々の自然災害の被害規模が大きくなり、より多くの人々に深刻な影響を与えているのです。
問題解決に向けた取り組み:最新の防災・減災対策
気候関連災害の急増に対応するため、国内外で防災・減災施策の強化が進んでいます。以下では、近年、注目されている最新の取り組みをご紹介します。
■AIによる山火事検知システム
最新の災害対応技術として注目されているのが、AI(人工知能)を活用した山火事検知システムです。
このシステムでは、人工衛星、ドローン、監視カメラなどから得られるリアルタイム映像をAIが解析し、煙や火災の兆候をいち早く検知します。従来のような目視や通報に頼る方法と比べ、迅速かつ広範囲に対応できる点が大きな強みです。
AIは膨大な学習データをもとに煙や炎のパターンを識別し、異常を察知します。山火事の兆候を捉えると、関係機関へ即座にアラートを送信し、迅速な初期対応を促します。さらに、気象情報や地形のデータと連携することで、火災の拡大リスクをAIが予測し、防災計画の策定を支援することも可能になります。
こうした山火事検知システムは、現在、世界各地で導入されつつあり、早期発見による被害の抑制に大きく貢献しています。例えば、毎年のように大規模な山火事が発生しているアメリカのカリフォルニア州では、対策として「ALERTCalifornia」という山火事検知システムが導入されています。このシステムは、山岳地帯に設置された1,000台以上の遠隔カメラとAIによる映像解析を組み合わせ、煙や火を早期に検知し、テキストメッセージで地元の消防署に通報する仕組みです。運用開始からわずか2ヶ月間で、このシステムは911番(アメリカ等の緊急通報用電話番号)への通報が入る前に77件の火災を正確に特定しました※3。このシステムをもってしても、急速に拡大した2025年1月のロサンゼルスの山火事の被害を防ぐことはできませんでしたが、2024年12月に発生したカリフォルニア州オレンジ郡での山火事のように、検知によって早期に鎮火できた例もあります。
今後は、火災の煙や炎をより正確に識別できるAIの開発に加え、上空から映像をリアルタイムで送るドローンや、現地の温度や煙を感知するセンサーとの連携によって、火災の発見がこれまで以上に迅速かつ正確に行えるようになると期待されています。また、一般市民のスマートフォンと連動した通報システムとの統合により、官民が一体となった防災体制の構築が期待されています。
■スポンジシティ
近年、都市型洪水の増加が世界各地で問題となっています。舗装率が高い都市部では、雨水が地中に浸透せず排水路に集中するため、短時間の豪雨でも内水氾濫や下水の逆流など深刻な被害が発生します。さらに、気候変動の影響でゲリラ豪雨や集中豪雨の発生頻度が高まり、従来の排水インフラだけでは対応が難しくなっています。
こうした課題に対処するために登場したのが、「スポンジシティ(Sponge City)」という新しい都市設計のコンセプトです。
スポンジシティとは、都市がスポンジのように雨水を吸収・保持・浄化し、ゆっくりと排出する機能を備えるように設計・改造された都市のことです。従来の都市設計では雨水を側溝や下水道を通じて速やかに排出する方式が一般的でしたが、スポンジシティは雨水を「排除する」のではなく、「管理し活用する」ことを重視します。
スポンジシティでは、以下のような自然ベースのグリーンインフラや低影響開発(LID: Low Impact Design)※5の手法が用いられています。
・雨庭(レインガーデン):街路樹の下や公園・住宅地内の凹地に土壌と植栽を設け、一時的に雨水を貯めて浸透させることにより、雨水流出ピークを抑制し、水質浄化も促進します。
・屋上緑化・壁面緑化:建物の屋根や壁を植生で覆うことで、降雨を吸収するだけでなく、蒸散による都市の冷却効果が期待できます。
・人工湿地:植生を用いた湿地や緑地帯を整備し、雨水をゆっくり浸透・浄化させます。自然の水循環を模倣しつつ、水質改善にも寄与します。
・透水性舗装(透水コンクリート、透水アスファルトなど):道路や駐車場などから雨水を地中に浸透させることで、地表面の流水量を減らし、水たまりの発生や洪水のリスクを軽減します。
・蓄水・貯留施設(地下タンク、調整池、貯留池など):雨水を地下や地上のタンク・池に貯留し、必要に応じて放流・再利用します。灌漑やトイレ洗浄などに活用することで水資源の有効利用と洪水被害の軽減を両立します。
このように、スポンジシティの仕組みは都市の自然回復力を高めるものであり、単に水害を軽減するにとどまらず、水資源の有効活用、コンクリートやアスファルトの蓄熱により都市部の気温が周囲より高くなる「ヒートアイランド現象」の緩和、生物多様性の保全、都市の景観向上など、多面的な価値を都市にもたらします。
世界で最も洪水被害を受けやすい国の一つである中国は2015年以降、スポンジシティ(海綿都市)の構築を積極的に進めており、たとえば広州市では2020年末に既成市街地の20%以上がスポンジ機能を備えるに至りました。また、ドイツのベルリンは、2017年以降スポンジシティ構想を本格的に展開し、雨水管理と緑地計画を統合した施策を推進しています。日本でもグリーンインフラの導入など※4、スポンジシティと同様の考え方に基づく取り組みが進められています。
気候変動の影響が今後さらに深刻化することが予想されるなか、スポンジシティのような持続可能かつレジリエントな(回復力のある)都市インフラの重要性はますます高まっています。都市と自然が共生する次世代の都市モデルとして、スポンジシティは今後ますます注目される存在となるでしょう。
※1 令和6年以降に発生した世界の主な自然災害(内閣府)より
https://www.bousai.go.jp/kokusai/pdf/03_natural_disasters.pdf
※2 年齢(5歳階級)別にみた熱中症による死亡数の年次推移(平成7年~令和5年) ~人口動態統計(確定数)より(厚生労働省)より
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/necchusho23/dl/nenrei.pdf
※3 AlertCalifornia and Cal Fire AI Wildfire Detector: The 200 Best Inventions of 2023 | TIMEより
https://time.com/collection/best-inventions-2023/6327137/alertcalifornia-ai-wildfire-detector/
※4 グリーンインフラの推進について(国土交通省)より
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001370646.pdf
グリーンインフラ(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_mn_000034.html
※5 Low Impact Development: An Alternative Site Design Strategyより
https://www.wbdg.org/resources/low-impact-development-technologies