海面上昇問題【計画的撤退と自然を活用した対策】

水環境

1. 海面上昇問題

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1) 加速する海面上昇

 海面上昇とは、地球温暖化の影響により、海水温の上昇に伴う海水の膨張や氷河・氷床の融解が進み、海面水位が上昇する現象を指します。
 近年は、世界平均海面水位の上昇速度が加速していることが、国際的な観測データや評価報告書によって明らかになっています。2023年に公表された気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change、以下IPCCという)第6次評価報告書では、1901~2018年の間に世界平均海面水位が約20cm上昇するとともに、その上昇速度は1901~1971年の年間0.13cmから、1971~2006年には年間0.19cm、さらに2006~2018年には年間0.37cmへ加速したと報告されています※1。さらに、2025年に世界気象機関(World Metrological Organization、以下WMOという)が発表した報告では、世界平均海面水位の上昇速度は、人工衛星観測が開始された1993~2002年の年間0.21cmから、2015~2024年には年間0.47cmへと2倍以上に加速したことが示されており、近年も海面上昇の加速傾向が続いていることが確認されています※2
 一方で、海面上昇の進行速度は世界で一様ではなく、地域によって大きく異なります。国連が2024年に公表した報告書では、1993年から2023年までの30年間に、世界平均海面水位は9.4cm上昇したと報告されています ※3。特に、南西太平洋(パプアニューギニア、ソロモン諸島、フィジーなどの太平洋島しょ国周辺海域)では、同期間に一部地域で15cmを超える海面上昇が観測されており、世界平均を大きく上回る速度で海面上昇が進んでいます。また、日本近海の一部や北米東海岸でも、世界平均を上回る海面上昇が観測されています。このように、海面上昇は世界全体で加速しているだけでなく、その進行速度には地域差があり、一部地域では特に急速に海面上昇が進んでいることが明らかになっています。

2)海面上昇はなぜ起こる?

 海面上昇の主な原因は、海水の熱膨張と氷河・氷床の融解です。
 まず、海水は温度が上昇すると体積が増える性質があります。そのため、地球温暖化によって海洋に蓄積される熱が増加すると、海水が膨張し、海面水位が上昇します。IPCCによると、1971年以降、海洋は地球温暖化によって増加した熱の約91%を吸収しており、1901~2018年の世界平均海面水位上昇の約38%は、この海水の熱膨張と報告しています※4
 もう一つの主な原因は、陸上にある氷河や氷床の融解です。地球温暖化に伴う気温や海水温の上昇によって、世界各地の山岳氷河やグリーンランドや南極の氷床が融解し、その水が海へ流れ込むことで海面水位が上昇します。IPCCでは、1901~2018年の世界平均海面水位の上昇の約41%は山岳氷河の融解によるものと報告されています。また、2010~2019年には、グリーンランド氷床は年間平均243Gt(ギガトン)、南極氷床は年間平均148Gtの氷を失っており、両氷床とも氷の減少が1990年代以降加速しています※5

3)海面上昇がもたらす影響

 海面上昇は、高潮や沿岸洪水、海岸侵食、地下水への塩水浸入などを引き起こし、人々の生活や経済・社会活動、そして生物や自然環境に深刻な影響を及ぼしています。近年は、世界各地でこうした影響が顕在化しており、特に低海抜沿岸地域や島しょ国では深刻な課題となっています。
 まず、人々の生活や経済・社会への影響としては、住宅や農地の浸水、飲料水源への塩水浸入、港湾や道路などのインフラ被害が挙げられます。特に、バングラデシュや太平洋島しょ国では、高潮や沿岸洪水、海岸侵食により、住宅や農地への被害に加え、安全な飲料水の確保が困難となるなど、生活基盤への影響が深刻化しています。また、国連の報告書では、小島しょ開発途上国では、人口や資産、インフラの多くが低海抜沿岸地域に集中していることから、海面上昇による土地の侵食やインフラの損傷、人々の生活や生計への影響に加え、居住可能性そのものが脅かされるおそれがあると指摘しています。さらに、沿岸洪水による建物、インフラ及び農業への直接被害額は、年間約16億4,000万米ドルに達すると推計されています※6。さらに、海面上昇による影響は沿岸地域にとどまらず、住民の移住や人口移動、漁業・農業への被害、港湾機能の低下などを通じて、食料供給やサプライチェーン、海上物流にも影響を及ぼすことが指摘されています※7
 一方、生物や自然環境への影響も深刻化しています。マングローブ林、湿地、サンゴ礁、海草藻場などの沿岸生態系は、多様な生物の生息・繁殖の場であるとともに、高潮や波浪を緩和し、世界で数億人を高潮や高波から守る重要な自然の防波堤として機能しています。しかし、海面上昇や海岸侵食の進行により、これらの生態系の衰退や消失が懸念されています。IPCCでは、このような沿岸生態系の劣化は、生物多様性の損失や漁業資源の減少に加え、沿岸地域の防災・減災機能の低下につながると指摘しています※8

4)海面上昇の将来予測

 これまで述べたような海面上昇の影響は、今後、地球温暖化の進行に伴ってさらに深刻化すると予測されています。
 IPCCによれば、現在、世界人口の約11%に当たる約8億9,600万人が低海抜沿岸地域に居住しており、2050年までには10億人を超える人々が沿岸洪水や高潮などのリスクにさらされる可能性があります※9
 また、温室効果ガスの排出量を大幅に削減した場合でも、海洋の熱膨張や氷床の応答には長い時間を要することから、海面上昇は今後数世紀にわたって継続すると評価されています。さらに、2100年までの世界平均海面上昇は、温室効果ガスの排出シナリオによって異なるものの、約0.3~1.0mに達すると予測されています※10
 加えて、国連は、現在の各国の気候政策が継続した場合に相当する約3℃上昇シナリオでは、太平洋地域のすべての地点で2020年から2050年までの間に、さらに少なくとも15cm以上の海面上昇が見込まれると報告しています※11

2. 問題解決に向けた取り組み:計画的撤退と自然を活用した対策

1)「防御」から「適応」へ

 前述のとおり、海面上昇は今後も長期間にわたって継続すると予測されており、防潮堤や護岸などの従来の防御策だけでは、将来的な海面上昇や沿岸災害のリスクに十分対応できない地域が生じることが懸念されています。このため、近年では、「防御(protection)」を基本としつつ、長期的な視点に立った「適応(adaptation)」の重要性が高まっています。
 この点について、IPCCは、長期的な海面上昇への対応に当たり、地域の実情や将来のリスクに応じて、防御(Protection)、順応(Accommodation)、計画的撤退(Managed Retreat)、自然/生態系を活用した解決策(Nature-based Solutions/Ecosystem-based Adaptation)など、複数の適応策を組み合わせることが重要であるとしています※12
 以下では、海面上昇への適応策として近年国際的に関心が高まっている「計画的撤退」と「自然/生態系を活用した解決策」について説明します。

2)「計画的撤退(Managed Retreat)」とは

 計画的撤退※13とは、将来的に浸水や海岸侵食などのリスクが高まる地域から、人々の居住地や重要インフラを計画的に移転する適応策であり、高潮や沿岸洪水などの災害発生後に住民がやむを得ず移住するのではなく、将来の海面上昇や災害リスクを見据え、長期的な視点から移転先の確保や土地利用計画の見直しを進めることを特徴としています。
 具体的には、高リスク地域での新たな開発を抑制するとともに、住宅や公共施設、道路・上下水道などのインフラをより安全な場所へ段階的に移転し、移転後の土地は自然環境の保全や緩衝帯として活用することなどが含まれます。計画的撤退には、将来的な被害や復旧・復興費用を削減できる可能性がある一方で、住民の生活や地域コミュニティ、文化的価値に大きな影響を及ぼすことから、住民参加や合意形成、公平な費用負担の仕組みづくりが重要な課題とされています。
 以下では、計画的撤退の取組事例を2つ紹介します。

米国アラスカ州のニュートック村では、海岸侵食や永久凍土の融解、高潮による被害の深刻化により、将来的に居住継続が困難になると判断されました。1994年から移転候補地の検討が開始され、その後、約9マイル(約15km)離れたマータービクへの移転が進められています。2019年には最初の住民が移転を開始し、住宅や避難施設、給水施設などの基盤整備とともに段階的な移転が進められています※14
 また、ニュージーランドでは、海面上昇や近年の大規模洪水・サイクロン被害を踏まえ、計画的撤退を気候変動適応政策の重要な柱の一つとして位置付けています。2023年には政府の専門家作業部会が、計画的撤退の法制度や費用負担、住民参加のあり方などを整理した報告書を公表し、移転先の確保や補償制度を含む制度設計を提言しました。また、土地の買い取りや補償の考え方、国・自治体・住民の役割分担などについても検討が進められており、将来の海面上昇を見据えた長期的な制度整備が進められています。このように、計画的撤退は既に一部の国や地域で実践・制度化が進められており、海面上昇への長期的な適応策として国際的な関心が高まっています※15

3)「自然/生態系を活用した解決策(Nature-based Solutions/Ecosystem-based Adaptation)」とは

 計画的撤退が人々の居住地やインフラの配置を見直す適応策であるのに対し、「自然/生態系を活用した解決策」は、自然生態系が本来持つ機能を活用して海面上昇や沿岸災害のリスクを低減する適応策です。具体的には、マングローブ林、湿地、干潟、サンゴ礁などの沿岸生態系を保全・再生することで、高潮や波浪、海岸侵食の影響を軽減する取組が進められています※16
 これらの生態系は、波浪や高潮のエネルギーを減衰させることで海岸侵食や沿岸洪水のリスクを軽減するほか、生物多様性の保全や二酸化炭素の吸収・固定(ブルーカーボン)にも貢献します。また、近年は防潮堤などの人工インフラと自然生態系を組み合わせた「ハイブリッド型対策」の有効性も評価されており、IPCCは、こうした取組が気候変動への適応と生態系保全の双方に利益をもたらすと指摘しています※17
 実際の取組として、インドネシアでは海面上昇や高潮、海岸侵食への対策として大規模なマングローブ再生事業が進められています※18。インドネシアは世界最大規模のマングローブ林を有していますが、沿岸開発や養殖池の造成などにより広範囲でマングローブが失われてきました。このため政府は、マングローブ林を海面上昇や高潮から沿岸地域を守る重要な自然インフラとして位置付け、再生・保全を推進しています。マングローブ林は波浪や高潮のエネルギーを吸収して海岸侵食を抑制するだけでなく、魚類や甲殻類の生息環境の保全、生物多様性の維持、さらには二酸化炭素の吸収・固定(ブルーカーボン)にも貢献します。こうした取組が評価され、2022年には国連が「世界生態系回復フラッグシップ」として認定しました。
 また、エクアドルのサンボロンドン市では、国連環境計画(UN Environment Programme:UNEP)の支援のもと、海面上昇や高潮、異常気象への適応策としてマングローブの保全・再生が進められています※19。同市は河口域の低平地に位置し、洪水や高潮の影響を受けやすい地域ですが、マングローブ林を「第一線の防御」と位置付け、都市開発と生態系保全を両立させる取組を推進しています。マングローブ林は高潮や高波による被害を軽減するとともに、水質浄化や生物多様性保全にも寄与することから、自然を活用した解決策の先進事例として注目されています。

このように、自然を活用した解決策は、防潮堤などの人工インフラだけに依存するのではなく、生態系が本来持つ機能を活用して海面上昇や沿岸災害のリスクを軽減する取組であり、防災・減災と生態系保全、さらには気候変動緩和を同時に実現できる適応策として世界各地で導入が進められています。

※1 IPCC (2023). Climate Change 2023 Synthesis Report
https://www.ipcc.ch/report/ar6/syr/downloads/report/IPCC_AR6_SYR_SPM.pdf
※2 WMO (2025). State of the Global Climate 2024.
https://wmo.int/sites/default/files/2025-03/WMO-1368-2024_en.pdf
※3 UN (2024). Surging Seas in a Warming World. The latest science on present-day impacts and future projections of sea-level rise.
https://www.un.org/sites/un2.un.org/files/slr_technical_brief_26_aug_2024.pdf
※4 IPCC (2021). Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change.
https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg1/downloads/report/IPCC_AR6_WGI_Chapter09.pdf
※5 IPCC (2021).
※6 UN (2024).
※7 UN (2024).
※8 IPCC (2022). Cross-Chapter Paper 2: Cities and Settlements by the Sea. In: Climate Change 2022: Impacts, Adaptation and Vulnerability. Contribution of Working Group II to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change.
https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg2/downloads/report/IPCC_AR6_WGII_CCP2.pdf
※9 IPCC (2022).
※10 IPCC (2021).
※11 UN (2024).
※12 IPCC. Fact sheet - Responding to Sea Level Rise.
https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg2/downloads/outreach/IPCC_AR6_WGII_FactSheet_SLR.pdf
※13 Ocean & Climate Platform (2025). Managed Retreat: Preparing Coastal Cities for Sea Level Rise.
https://ocean-climate.org/wp-content/uploads/2025/03/Managed-Retreat_Seaties-Special-Report-EN-web.pdf
※14 U.S. Government Accountability Office (2020). Climate Migration: Improved Federal Coordination Could Facilitate the Resettlement of Communities. 2020.
https://www.gao.gov/products/gao-20-488
※15 Expert Working Group on Managed Retreat (2023). Report of the Expert Working Group on Managed Retreat: A Proposed System for Te Hekenga Rauora / Planned Relocation. 2023.
https://climateandnature.org.nz/wp-content/uploads/2023/10/Report-of-the-Expert-Working-Group-on-Managed-Retreat-updated-25-08-2023.pdf
※16 IUCN (2020). IUCN Global Standard for Nature-based Solutions.
https://portals.iucn.org/library/sites/library/files/documents/2020-020-En.pdf
※17 IPCC (2022). Climate Change 2022: Impacts, Adaptation and Vulnerability. Chapter 3: Oceans and Coastal Ecosystems and Their Services.
https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg2/chapter/chapter-3/
※18 UN Decade on Ecosystem Restoration HPより. UN recognizes Indonesian effort to restore mangrove forests with special award (2022).
https://www.decadeonrestoration.org/press-release/un-recognizes-indonesian-effort-restore-mangrove-forests-special-award
※19 UNEP HPより. Facing climate storm, one town turns to mangroves for protection (2025).
https://www.unep.org/news-and-stories/story/facing-climate-storm-one-town-turns-mangroves-protection

    

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